ブログ

  • 堅牢でエコなドイツの建物

    堅牢でエコなドイツの建物

    ◎堅牢な建物
    ドイツの中古物件の良さはまず、その「堅牢さ」である。特に、19世紀後半から第二次世界大戦直後(1950年代後半)の間に建てられたマンションは、その壁に石やレンガを使用する、非常に丈夫な造りだ。
    ベルリンは地震の心配がないため、過去200年間を通じ、この丈夫な壁を壊すことができたのは、人間だけであった(第一次・第二次世界大戦)。完全に取り壊して新築するよりも、残ったスケルトンや壁を利用して建て直す方が安上がりだったということからも、どれほど強固に作られた建物であったかがわかるだろう。
    現在、当時と同じような建設資材・建築方法で建物を造ることは不可能だ。というのも、現在では人件費がかかりすぎてしまうからだ。つまり、上記の時期に建設されたマンションは、二度と同じものが建てられない、そして、新築物件は増加していくという面からも、中古物件の価値が今後も上昇し続けることは必至である。

    ◎優れた断熱性
    もう一つ、石やレンガで造られた建物の良さは、優れた断熱性にある。厳しい冬に、建物内の暖かさを逃がさないだけでなく、夏には室内の温度を涼しく保つことができる。その断熱性の高さは、この10~15年間で新しく開発された断熱材が、やっと追いつくことができるようになったほどだ。
    壁の厚さは、最も厚いものになると2メートルにもなる。こういった物件は、見た目の美しさ、機能性、快適さなどから、ベルリン不動産市場において極めて需要が高くなっている。

  • ドイツ、ベルリン中古不動産の魅力

    ドイツ、ベルリン中古不動産の魅力

    1. (1)築100年の魅力
      ドイツ・ベルリンには築100~150年といった古い建物が数多く残っており、その多くは歴史的建造物として指定されている。中古不動産市場が発達しているドイツでは、それら歴史的建造物も不動産マーケットで活発に取引されている。しかも、新築価格にひけをとらない水準で売買価格が形成されているのだ。

    (2)ベルリン中古不動産の建築水準
    何故、ドイツでは中古不動産の価格が新築をもしのぐ人気なのか?
    それは中古物件の建築水準にある。特に石造り・レンガ造りで建てられた「アルトバウ」に代表される第二次世界大戦以前の建物は壁厚1メートル以上、有効天井高3メートル以上あるような立派な造りの建物が多数存在している。
    さらに外観に意匠が施され、細部までこだわった建物が多く所有する喜びを感じられる。現在の時価で言うと建築工事単価は数倍~数十倍はかかるであろうと言われている。ドイツの最新の建築技術をもってしても、同じクオリティの建物を建てるとデベロッパーは予算超過で大赤字になってしまう水準なのだ。

    (3)中古物件のカテゴリー
    現在、ベルリン不動産市場で扱われている物件は、基本的に「新築」「中古」と分けることができるが、中古物件についてはさらに3種類のカテゴリーが存在している。

     

     

  • 12月はクリスマスマーケットの季節

    12月はクリスマスマーケットの季節

    12月に入り、ドイツではクリスマスマーケットのシーズンとなった。ベルリンでは市の観光ポータルサイト「Visit Berlin」で紹介されているものだけでも53か所でクリスマスマーケットの開催が予定されている。冬の寒さは厳しいが、地元住民・観光客を問わず一年で最も人々の心が熱くなるのが12月である。
    日本のお祭りがそうであるように、ドイツのクリスマスマーケットも地域ごとにバラエティ豊かなのが特徴だ。特にベルリンのクリスマスマーケットは伝統的なものから外国のエッセンスを取り入れたもの、ある特定のテーマに絞ったものまで多種多様であり、何度訪れても飽きることがない。ここではそのいくつかを紹介したい。

    【1】グルーネヴァルドのクリスマスマーケット(Märchenhafter Weihnacjtsmarkt am Jagdschloss Grunewald)

    ベルリンの南西部に広がる森林地帯にひっそりと佇むベルリン最古のお城で行われるクリスマスマーケット。ここはもともとプロイセン時代の王様が狩猟を楽しむ離宮であった。最寄りのバス停から真っ暗な森の中を1kmほど歩き続けなければいけないが、その先に突如賑わいを見せるマーケットが現れる。クリスマスマーケットには入場料を徴収するものとしないものがあり、グルーネヴァルドのマーケットではお城の入り口で入場券を購入してから中に入るシステムだ。伝統的な雰囲気が人気で、常に行列ができている。

    出典:Märchenhafter Weihnacjtsmarkt am Jagdschloss Grunewald Facebook公式イベントページより(https://www.facebook.com/events/1970611479874438/)

    【2】ジャパニーズクリスマスマーケット(Japanischer Weihnachtsmarkt Berlin)(Märchenhafter Weihnacjtsmarkt am Jagdschloss Grunewald)

    日本に関わる飲食店・雑貨屋・アーティスト・デザイナー・団体などが一同に会し、Arena Berlinという大きなメッセホールを貸し切って行われるクリスマスマーケット。日本食を堪能したり、伝統芸能のステージを楽しんだりしながら日本人・外国人問わず日本に関心のある人々が交流する大切な場となっており、ベルリンにおける日本文化の人気さを感じるマーケットである。2017年の開催は残念ながら見送られたそうだが、2018年の開催を楽しみにしたい。このマーケットでは日本のクリスマスとお正月の雰囲気をいわば”逆輸入”したもので、ベルリンの文化の多様性がここにうかがえる。

    出典:Japansicher Weihnachtsmarkt Berlin 公式Facebook ページより(https://www.facebook.com/japanxmasmarket/)

    古くから教会や市庁舎、宮殿の前に空地が設けられ、広場の活用に多様な文化があるヨーロッパ。クリスマスマーケットはその代表例と言えるだろう。昨年ベルリンではカイザーヴィルヘルム教会前のクリスマスマーケットで悲惨な事件が発生したが、これを受け今年はベルリンの各クリスマスマーケットにおいて一層の安全対策・警備強化がなされている。時代が変わっても長く親しまれ続けるクリスマスマーケット、安全と安心を共にこの文化が継承されていくことを願う。

  • 人口増加のベルリン、最新の動向

    人口増加のベルリン、最新の動向

    これまでも何度かベルリンの人口増加についてのトピックがブログの中で取り上げられてきたが、今回はその詳細に迫りたいと思う。
    ベルリンの地方紙であるベルリナー・モルゲンポスト(Berliner Morgenpost)は”Wo die meisten Neu-Berliner 2016 her kamen (2016年、新しいベルリナーの大多数はどこから来たのか?)” と題し、その結果を発表した。下の図をご覧いただきたい。


    出典:BM Infografik Twitter公式アカウントより(2017.11.18の投稿)

    濃い緑がドイツ国内からの移住者、薄い緑が国外からの移住者となっている。時計回りにだんだんと数が少なっているのがお分かり頂けるだろう。ランキングを整理すると以下のようになる。

    まず、ドイツ国内からの移住者において注目したいのは、17位までにランクインした8つの州(特別市)のうち6つが旧西ドイツエリアに位置しているということである。11月14日公開の「壁崩壊から28年、ベルリンは今」と題したブログ(https://goo.gl/92S6Be)では、2014年から旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域間の移住傾向が逆転していることについて触れたが、その結果がこの結果にも如実に表れていると言えるだろう。(参考資料:『東西移住傾向が逆転、1990年統一後初めて ドイツ』AFP BB NEWS http://www.afpbb.com/articles/-/3088855 )
    次に、国外からの移住者においてやはり目を引くのは、欧米諸国に次ぐ中東の国々である。ドイツの難民受け入れ政策に関しては昨今様々な議論が続いているが、今後も中東系の「新ベルリナー」がベルリン、そしてドイツ社会の中で一定数の割合を占めることになるのは間違いないだろう。また、財政難を抱えるイタリアなどの欧州内の隣国や、2000年以降のEU拡大に伴うポーランドやブルガリア、ルーマニアといった東欧諸国からの移住も注目すべきポイントである。

    2017年もあとわずか、今年もまた「新しいベルリナー」が誕生している。世界中からの希望と期待を背負った人々が集うベルリン。ベルリナーという言葉は単なる”ベルリン市民”という枠を超え、より広く多様な意味合いを持つようになるであろう。ベルリンを訪れ、住まう人々を理解することは、今後のベルリンの未来を紐解く重要な鍵ではないだろうか。

  • 新都心ポツダマープラッツ

    新都心ポツダマープラッツ

    ポツダマープラッツは、ソニーセンターを始め、近代的なベルリンの街である。博物館島のあるアレクサンダープラッツ周辺とは大きく違う。ポツダマープラッツは第二次世界大戦前のベルリンの中心地の一つであったが、ベルリン市街戦で激戦地となり街は廃墟となってしまっていた。1961年に築かれた壁により、ベルリンは東西冷戦の戦略的拠点ではあるものの、大規模な開発がなされない経済的な空白地となっていた。ソ連の軍隊がすぐそばに駐留している飛び地地帯に資本を入れたがる有力者はさすが
    にいなかったのだ。そんなベルリンに大きな転機が訪れたのは、1989年の東西ドイツ再統一及びベルリンの壁崩壊である。ベルリン再統一後の大規模な開発でとてもスタイリッシュでモダンな街並みへと変貌を遂げた。

    壁崩壊後、再開発の地として最初に選ばれたのは、ベルリン中央区に位置するポツダマープラッツであった。現在ベルリン市内で、訪れる観光客数が最も多い場所の一つであるこの広場、そしてその周辺には、ベルリン国際映画祭の会場があり、数々の巨大ショッピングセンターが現れ、1989年当時の景観と比べると劇的に変化している。
    当時再開発に着手したのは、ダイムラー・ベンツ、ソニー、ドイツ鉄道などの大手企業だ。再開発の背景には、大きな要因があった。

    その要因として、ベルリンの壁がポツダマープラッツを分断する形で建設され、その東側は無人地帯として広大な更地となっていたため、壁崩壊後の開発が進めやすかったことが挙げられる。またポツダマープラッツは、壁が建設される以前から、市電、地下鉄、地上鉄道などの交差点であり、交通の便が非常に優れていた場所であった。まさにベルリン中心部から目と鼻の先という、非常に魅力的な立地である。ベルリンの壁崩壊以降、潤沢に存在していた旧東ベルリンの開発土地であるが、2014年にオープンした巨大ショッピングセンター「Mall of Berlin」が、パズルの最後のピースとなった感がある。そして現在は旧西ベルリンで、大規模な再開発が進んでいる。ベルリンの壁があった場所のすぐ西側には、壁崩壊前から数々の素晴らしい文化施設が立ち並んでおり、西側の文化的レベルの高さのアピールとなっていた。クラシック音楽の殿堂、ベルリン・フィルハーモニーや、ベルリンの〝MOMA〟的な存在である新・ナショナルギャラリー、ベルリン州立図書館などが代表的である。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ベルリンの地価上昇

    ベルリンの地価上昇

    ベルリンの夜景
    ベルリン・アレクサンダープラッツの夜景です

     

    ◎特徴的な低いベルリンの地価
    ベルリンは東西に分かれていた時は、東西両陣営にとっての戦略的地点としての位置づけであり大きな開発がなされず、地価はとても低く、経済的には貧しい状況に陥っていた。1990年のドイツ再統一後、ようやく地価は旧西ドイツ諸州から徴収される復興税や首都機能移転効果などで上昇し始めたが、45年間のブランクは大きく、2016年時点での平均地価はまだ東京やロンドンの4分の3程度でしかない。だが、ベルリンは経済大国ドイツの首都であり、それにふさわしい地価水準に近づいていくことが容易に想像できるであろう。尚。ベルリン・ミッテの中心エリアの地価上昇率は平均を大きく上回っており、1万~1万5千ユーロ/㎡をつけることも珍しくなくなってきている。それでもロンドンやパリの一等地よりまだまだ地価が低い。

    ◎ベルリンの地価上昇
    今まで述べてきたように、ベルリンの地価は他主要先進国の首都と比較して、割安である理由がわかったと思う。しかし、その地価の低さに注目して、リーマンショック以降多くの投資家が、ベルリンの不動産を購入し始めている。その結果地価の上昇率が高くなっているのだ。

    ◎2006年から2016年にかけて10年間でおよそ1・7倍の不動産取得平均単価の上昇率である。
    2012年以降も不動産取得平均単価の上昇が続いており、いまだに割安感があるものの、以前ほどの割安感は薄れてきていると言える。別のデータを参照しても、ドイツ経済の底力と、ベルリン不動産市場の着実な成長により、発展予測は先行きが明るい。ベルリン不動産のキャピタル・ゲイン予測はいまだ高いものである。

    2006年から2015年にかけ(リーマンショック期間を算定に含めた場合でも)、年間平均上昇率は7パーセントを超えている。これは、過去2年間の発展が非常に良かったためだ。
    比較として、以下に2008年から2010年の停滞期後の平均値を紹介しよう。30~80平方メートルの区画で、2010年から2013年を見ると、年平均で8・4パーセント(家賃)、また21・3パーセント(価格)の上昇を示している。価格の上昇と家賃の上昇の間に存在するギャップには、注意が必要である。どちらのデータが信頼に値するものなのか?
    家賃上昇の方が、変動カーブが緩いのだが、長期的予想には、こちらの方が上昇値として関連性が高いと考えている。価格上昇の平均値は、いくつかの高級物件に影響を受けることがある(物件数に対し、平均値を上向きにする影響が極めて大きい)。ベルリンの高級物件数は、過去数年間で大きな増加を見せている。
    それでは、どのように予想値を計算すれば良いのか?
    著者が採用しているのは加重平均である(80パーセント家賃上昇、20パーセント価格上昇)。2010年から2013年の加重平均は10・9パーセントとなる。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ベルリンの歴史2

    ベルリンの歴史2

    (2)終戦~ベルリンの壁
    第二次世界大戦で徐々にドイツの敗戦が濃厚になるにつれ、ベルリンは戦争の舞台となり、終盤の地上戦で中心部はほとんど廃墟
    となった。ついに1945年5月8日ドイツは連合国の前に降伏するに至った。


    連合国の占領下に入ったドイツは、連合国により4つの地区に分割され、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連の占領軍司令が各
    地区を統治するという形で軍政下に置かれた。それに伴い首都ベルリンも4つの占領地区に分割された。占領4か国の軍司令官で構成される連合国管理理事会にてドイツの今後が調整されることになった。ただし、アメリカとソ連のドイツ占領方針の食い違いが大きく、足並みは乱れた。その後、西側3か国は西側だけで「合同占領地区」として統合し、西側のみで通貨をライヒスマルクからドイツマルクへと切り替えた。さらにソ連によるベルリン封鎖で東西ドイツの分裂は決定的となった。
    1949年に西側合同占領地区は連邦制と議会主義を基本とするドイツ連邦共和国(旧西ドイツ・首都はボン)へ、ソ連占領地区は社会主義統一党が支配するドイツ民主共和国(旧東ドイツ・首都は東ベルリン)として二つのドイツ国家が発足した。それに伴い、ベルリンも完全に別の国へと分断された。
    西ドイツは「マーシャルプラン(アメリカのヨーロッパ経済復興援助計画)」による援助で、今までに類を見ないほどの速さで経済を復興させていった。1955年の主権回復と同時に西ドイツの北大西洋条約機構(NATO)参加、東ドイツのワルシャワ条約機構参加と東西ドイツは統一が遠のき完全に分裂した。
    一方の東ドイツは戦後、現物賠償として工業施設のほとんどがソ連に持っていかれるというスタートで、マイナスからスタートしたと言っても過言ではない。その後、ウルブリヒトのもとで社会主義国家建設に邁進してゆく。そして悪名高き秘密警察機構シュタージによる監視社会へとなっていった。それを嫌う多くの東ベルリンの人々が西ベルリンを経由して西側へ移住していった。その数は250万人にも上っていた。それを見てソ連は1961年8月に突然「ベルリンの壁」の構築を始めた。

    (3)ベルリン東西分裂
    東西分裂後、西ドイツは日本と同様に奇跡の経済発展を遂げたのに対し、東ドイツは思ったような経済成長を遂げられなかった。徐々にソ連と同様に計画経済が硬直化していき、1980年代に入ると、はっきりとほころびを生じ始めていた。東ドイツの孤島となっていた西ベルリンは西ドイツでありながら、大規模な開発がなされないまま、ゆっくりとした成長にとどまっていた。一方の東ベルリンは完全に経済が行き詰まっていた。

     

    (4)ベルリンの壁崩壊~ドイツ再統一
    1980年代末にソ連の「ペレストロイカ」からの改革及び民主化の動きが東ドイツに波及
    し始め、1989年11月9日に歴史的な「壁」の開放へとつながった。統一の形は東5州及び
    新都市州ベルリンが西ドイツの連邦に加盟する形で行われ、翌1990年10月3日に連合国は
    ベルリンの統治権を放棄し、完全に統一された。

    (5)首都ベルリン
    その際、ベルリンの区制は再編され、現在の12区へとなった。その後、旧西ドイツの首都であったボンからベルリンへの首都機能移転の議論が本格化し、1991年、連邦議会のベルリン移転決議を経て、1999年9月より移転が実施された。2001年5月に連邦首相府が完成し、新庁舎での公務が開始された。ベルリンの歴史的背景を述べてきたのは、歴史に翻弄された現在のベルリンは新たに生まれ変わったとても若い都市でもあるということを伝えたかったからだ。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ベルリンの歴史1

    ベルリンの歴史1

    (1)ドイツ帝国成立~第二次世界大戦
    ベルリンは歴史に翻弄された街である。
    1307年、シュプレー川に沿った二つの町が合併してベルリンが誕生した。
    1415年、フリードリヒ1世がブランデンブルグ選帝侯となる。
    その後、第一次世界大戦でのヴィルヘルム2世退位まで、ホーエンツォレルン家がプロイセン公→プロイセン王→ドイツ皇帝としてベルリンを首都として統治した。
    フリードリヒ大王がベルリンの再開発を行い、現在のベルリンの基礎が作られた。


    1871年、ヴィルヘルム1世治世の時に鉄血宰相で知られるビスマルクの助けによりドイツ帝国が成立し、首都となった。


    第一次世界大戦の敗戦で皇帝ヴィルヘルム2世は退位、ドイツ帝国が崩壊し、ワイマール共和国となった。しかし、歴史に翻弄されながらもヨーロッパ随一の都市として栄えていた。
    その後、第一次世界大戦の重い賠償金や世界大恐慌などで社会の不満がたまっていく中でナチス政権が台頭し政権を握っていった。当時ベルリンは首都としての都市改造などを積極的に行い人口が増大した。ナチス時代の遺構としてテンペルホーフ空港、宣伝省、航空省の建物、オリンピックスタジアムなどが残っている。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ALTBAU アルトバウ

    ALTBAU アルトバウ

    1960年代までは、「アルトバウ」と呼ばれるレンガ造りの建物が建設されていたが、その後、この建設様式は、鉄筋コンクリートなどの新しい方法へと移行していった。そのため、1960年代から少しずつアルトバウの比率が下がってきている。そして需要と供給の法則により、アルトバウの中古物件価値は上がり続けるであろう。


    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ダイナミックな建設ブーム

    ダイナミックな建設ブーム

    現在のベルリンは建設の面で、ダイナミックなハブとなっている。街中を悠々と流れるシュプレー川沿いには、建設クレーンが林立するが、ドイツの他都市では、このような景観は見られない。この建設ブームは、この先しばらく勢いを弱めることはないだろう。
    今後3年間で、約5万5000件の新しい建設プロジェクトが完成する。
    これは、2015年から2017年の間に、建設が予定されている10万件以上のプロジェクト許可数に基づいている。
    2014年→合計2万件の建設許可が出ている。2015年~2017年→年平均では3万5500件に上るであろう。
    これは、東西ドイツ統一後に見られた増加率を上回る計算になる。
    この建設ブームの背景には、いくつかの理由が挙げられる。最も重要なのは、新しい居住者の流入が続いていることだ。2016年現在、年平均で約4万人がベルリンへ引っ越してきており、この数は今後増え続けると予想されている。2013年末時点→ベルリンに約190万の居住用アパートがあった。
    増え続ける都市人口に対応する形で2030年までにさらに14万件の需要が生じるだろうと、ベルリン議会は予測を立てている。

    ユーロ圏の経済見通しを巡る不安感が払拭されないこと、また、ベルリンの低金利が維持されていることもあり、この都市の有形資産投資、不動産の需要増加が後押しされている。しかしながら、建設ブームとはいえ、土地購入/プラニングの段階から建設許可が下りるまでのプロセスは、時間がかかるため、この建設景気がもたらす好影響が実際に感じられるまでには、ま
    だしばらく時間がかかりそうだ。そしてまた、この都市がドイツ国内の他都市に見られるような人口過密状態を呈する心配は
    ない。ベルリンには、新たな居住用建設プロジェクトを可能にするスペースが潤沢に存在しているからだ。ベルリン及び他の市街地でも、不動産市場における物件数不足から生じている圧力は、今後緩和されるだろう。2010年以降、国内全体で建設許可数は増加しており、この傾向は今後も維持されると見られている。ドイツ連邦統計局の報告では、2015年1~3月→建設許可が下りた居住用マンション建設プロジェクトは、その前年の同期間に比べ1・5パーセント増となっている。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ベルリンの人口推移/新空港

    ベルリンの人口推移/新空港

    ベルリンの今後の成長性を見る上で人口の推移が大切となる。
    戦前、一度は人口が急増したが、戦争による被災・ベルリンの壁などの影響もあり、人口は激減した。その後、統一ドイツの首都として再整備される中で人口は増え続け、現在はおよそ350万人が生活している。ここ2年は年間5万人に到達しようかという勢いで人口が増えている。
    もともと400万人以上が住んでいて都市のキャパシティがある上に、ゆったりとした都市計画のベルリンは、まだまだ成長余地を持っている。ドイツ国内からの首都への移動だけでなく、ヨーロッパ各国からの移民が多いのも特徴だ。今後の人口増加も大いに期待されており、不動産投資は活発化し、地価が上昇する要因となっている。

    ※注:ベルリン市街面積が時代により異なっているため、戦前の人口は参考値として捉えてほしい
    長い歴史で見る推移

    1920年約380万人
    1937年約434万人
    1945年約280万人
    2002年約339万人
    2016年約350万人

    今後、ベルリンの地価が上昇する要因の一つにブランデンブルグ国際空港の開港がある。
    既存のテーゲル空港は設備が古く手狭であり、市街地に近いことから騒音問題がある。また鉄道駅が空港に直結しておらず、バスまたはタクシーで中心地に向かう必要があるという問題を抱えている。
    それで、ベルリン南東のシェーネフェルト空港の拡張という形で近代的な国際空港を建設することとなった。4000メートル級の滑走路を備えており、長距離便も直接乗り入れることができるようになる予定である。まだ決定はしていないが、日本との直行便が飛ぶのではないかと言われている。ドイツは今までフランクフルトをハブ空港として発展させてきたが、首都に乗り入れることができる大型空港が完成すれば、より多くの人がベルリンを訪れるようにな
    り、居住者も増えていくであろう。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • 壁崩壊から28年、ベルリンは今

    壁崩壊から28年、ベルリンは今

    2017年11月9日、ベルリンの壁が崩壊して28年の時が経った。毎年ベルリンはもちろんのこと、世界各地でこの記念すべき日は大きく報道されるが、今年は特に大きな意味を持つ節目の年であった。ベルリンの壁が存在していた28年という年数に、崩壊してからの年数が並んだのである。

    第二次世界大戦の幕が閉じ、米・英・仏による西側陣営はドイツの復興像として民主主義の国家再建を検討していたが、東側のソ連は自国の社会主義をそのまま持ち込もうとしていた。ベルリンはここから2つの勢力による都市復興が計画され、不完全な計画を東西にそれぞれ抱えた歪(いびつ)な都市へと成長していった。東ベルリンの復興計画では、当時ソ連で独裁を敷いていたスターリンによる社会主義リアリズムに端を欲したモニュメンタリズムを基軸に、西側諸国に対する「勝利」を表現した壮大な建築物やその装飾デザインが提案された。一方、東ドイツの中で陸の孤島となっていた西ベルリンでは、東ドイツおよび東ベルリンに対抗するかのような新しい都市への提案が相次ぎ、特に住宅や住まい方の点において議論が白熱した。両陣営目的も手法も異なる復興を行い続け、その歪さの象徴としてベルリンの壁が1961年として建設されたと言えよう。ヨーロッパの長い歴史の中で、都市の城壁は外敵から都市を守る役割を担ってきたが、ベルリンの壁は内からの逃走や情報の漏えいを食い止めるというこれまでにない意味合いを持っていた。ベルリンの壁は取り除かれる1989年まで「強化」が続けられ、鉄条網からコンクリートブロック、最終的には自動発射銃も取り付けられた。もはや街中に張り巡らされた兵器のような存在である。冷戦時代における米ソの対立はしばしば「鉄のカーテン」と呼ばれるが、その重々しさはベルリンの壁の持つ意味合いをまさに体現している。

    だからこそ、壁の崩壊というすさまじく大きなエネルギーは28年という歴史のなかで多くの変化をもたらした。なかでも特に注目すべきなのは、2014年から旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域間の移住傾向が逆転していることである。その背景としてベルリンへの移住者増加が指摘されている。ドレスデンやライプツィヒも旧東ドイツ地域への移住が増加した要因となっている都市であるが、どちらも「ポストベルリン」と呼ばれるほど、ベルリンの持つ魅力は大きく評価されている。(出典:『東西移住傾向が逆転、1990年統一後初めて ドイツ』AFP BB NEWS  http://www.afpbb.com/articles/-/3088855

    また、世界レベルで見てもベルリンには移住者が殺到している現状にあり、ヨーロッパの国際都市として地位を確立している。ロンドン、パリ、ウィーンといったような大都市に肩を並べ、成長を続けるベルリンの魅力はどこから生まれるのか。

    度重なる革命と戦争によって激しい破壊・更新を繰り返してきたベルリンは、いまだ都市の完成というものを経験していない。だからこそ、ベルリンは独自の自由さとパワーを持ち合わせているのではないだろうか。東と西、それぞれが自らの計画をもう一方へ展開させることを目論んでいたため、今もベルリンの都市には歪さが残り、この歪さがベルリンらしさを生み出しているともいえる。壁が撤去されたことにより、ベルリンの中心部から郊外部に生まれた広大な空地は、そのまま開発・再開発の「伸びしろ」となった。

    壁が建設されて28年、壁が崩壊して28年。この節目の年に見るベルリンの未来は明るい。

  • ベルリンのエリアと狙い

    ベルリンのエリアと狙い

    (1)1st Tier・2nd Tier
    ベルリンの不動産業界で使われている区分で中心部を囲んだ「1st Tier」と呼ばれるエリアが、最もキャピタル・ゲインを見込める地域だ。戦争の被害が大きくベルリンの壁があった影響で、中心部の割に空地が多く新築物件が多いのが特徴的である。
    東京でいうと大手町、丸の内、銀座に匹敵するエリアである。現在の地価の上昇局面で、このエリアのキャピタル・ゲインの期待値の高さをわかってもらえるだろう。
    次いでキャピタル・ゲインが狙えるエリアは、「2nd Tier」と呼ばれるエリアである。ベルリン中心部から電車で30~40分程度のエリアだ。場所によって割安感・割高感などがかなり違うので、ロケーション選びにはより目利きが必要になる。同じ渋谷区でも、広尾と笹塚ではかなり違うように。
    また、ベルリン南西部には「ダーレム」と呼ばれる高級住宅エリアがある。1st Tierに似た価格感で、地元ベルリンっ子にとても人気がある。麻布や田園調布のような閑静な高級住宅街イメージのエリアだ。

    (2)一棟で買う
    企業・経営者など、資金力がある方に勧めたいのは、区分所有ではなく建物を一棟購入してしまうプロジェクトだ。プロジェクトが大きくなると全体的に値段が抑えられ割安感が出てくる。その結果利回りが上昇する上に、管理会社を自社で選定できるのでコントロールしやすくなる。複数の購入者の共同出資で購入することも可能である。

    (3)何を狙って投資すべきか
    インカムゲイン、キャピタル・ゲイン、減価償却による税の繰り延べのどれを優先するかによって、物件の適切な購入方法は異なってくる。インカムゲイン・減価償却は後程詳しく述べるが、エリアごとの優先順位をまとめたので、参考にしてほしい。

    物件地域
    ①ベルリン中心部(1st Tier)
    キャピタル・ゲインが見込める。市場:中古物件(少)新築物件(多)
    インカムゲインは2nd Tierほど見込めない。

    ②ベルリン中心部以外(2nd Tier)
    インカムゲインが良い。
    キャピタル・ゲインを目指すなら、ロケーション選択が極めて大切。

    ③高級エリア
    例:Dahlem(ダーレム)
    条件的に1st Tierに類似。

    新築vs中古
    ①新築
    ● 1st Tier・2nd Tier の双方が市場に存在
    (1st Tier:6000~1万2000ユーロ/平方メートル、2nd Tier:3500~6000ユーロ/平方メートル)
    ●減価償却による大きな効果は期待できない

    ②中古
    中心部の中古物件は市場に出てくる数が少ない。需要と供給の法則に従い、物件価格が比較的高くなる。
    ⇒2nd Tier が適切(物件価格幅大)
    ●減価償却を優先する場合は中古物件が理想的

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • 先進国か、新興国か

    先進国か、新興国か

    (1)新興国のリスク
    市場の成熟した先進国不動産投資は、新興国不動産投資に比べ、歪みによる利益を得にくいと言われている。実はそれは先入観でしかない。不動産投資は賭け事ではない。先進国の中で歪みを見つけ、そこに投資する方が安全かつ利益を得られるのだ。
    東南アジアをはじめとした新興国は、不動産をきちんと売買し、それを賃貸・管理していくといった国内不動産マーケットが、極めて小さいのが実情である。
    日本人の感覚からするとわかりにくいが、売買は当事者2者がいれば成立するが、賃貸は主に国内事業者・企業のマーケットであり、国や都市の経済力に合わせた規模にしかならないのだ。
    故に新興国のデベロッパーは、マーケットの小さい新興国で売買時のみに、一時的なテナントを入居させ、架空の利回りで購入をさせることもある。そのテナントが出てしまうと、はるかに低い賃料でしか貸せなくなってしまうのだ。その低い賃料から収益還元法で売買価格を計算しても買った金額には届かない。
    時折、賃料保証をうたっている業者があるが、きちんとしたマーケットがない国で、一定期間の賃料を保証するというのは、数年間の高い賃料を価格に含ませて売却する商法であり、一定期間終了後、その賃料で貸し続けるのは不可能である。不動産を購入した時に想定された利回りに応じた賃料を払えるテナントがいないのである。国の経済成長と不動産投資には必ずタイムラグがあり、個人投資家の実情に合わせた成長はしないものである。あおられた売り文句で夢のような投資先のように見えるが、新興国不動産投資はとても難しいものなのだ。かなりの知識がないなら手を出さないのが賢明だ。
    宝くじのように利益力の良い物件に出会えるかもしれないが、貴重な資産をそのような賭け事に近い投資で使うのはお勧めできない。そもそも海外のデベロッパーが信頼できるのかどうか、倒産リスクがないのかを調べる方法さえ思いつかない。自らデベロッパーとなるぐらいの資力があってこそ、ビジネスチャンスはあるだろう。

    (2)先進国不動産投資のメリット
    先進国の不動産投資はその点、安全性が格段に良い。不動産の大きな国内マーケットが存在し、売買・賃貸が繰り返されてきた歴史がある。その失敗から学んだ買主保護・登記・法律が
    整備されている。エリア別の賃料の平均値、上昇率、売買価格の平均値、上昇率なども、インターネット上で、自分自身で探し出すことができる。また大きなマーケットがあるので、特定
    のデベロッパーに頼らず、市場に出ている多くの物件から価格を比較しながら検討できるのだ。

    売却時の価格を予測することも客観的にかつ科学的に行うことができる(もちろん予測は難しいところもあるが)。新興国のデベロッパーが作成した利回りは作為的な可能性が高く、売却時の予想価格も希望的観測である。各国の実情を理解し調べてから売買をすべきである。

    (3)ベルリンの歪みを狙え
    坪単価に直すと、2014年12052 ユーロ/坪
    2017年10月25日時点の為替レート1ユーロ=133円で計算をすると約160万円/坪となる。
    東京の港区の2014年のマンション取得単価→約坪310万円である。いかに地価が低いのかがわかるかと思う。
    2014年のパリ4区の平均値1万1000ユーロ/平方メートルは482万円/坪程度である。

    ミッテ区の安さは特筆ものだとわかるであろう。ただし、ミッテ区の地価平均値は前述のとおりだが、ミッテ区の中心地では7000~1万2000ユーロ/平方メートルを超える物件が出
    てきている。
    以前ほどの割安感は薄れつつある。この地価の割安感からくるキャピタル・ゲインは早晩なくなってしまいかねないし、ベルリン不動産の買い時はユーロ安のまさに今、早ければ早いほ
    ど良いということになる。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ベルリンの過去と現在

    ベルリンの過去と現在

    (1)ポツダマープラッツ
    ポツダマープラッツは第二次世界大戦前のベルリンの中心地の一つであったが、ベルリン市街戦で激戦地となり街は廃墟となってしまっていた。1961年に築かれた壁により、ベルリ
    ンは東西冷戦の戦略的拠点ではあるものの、大規模な開発がなされない経済的な空白地となっていた。ソ連の軍隊がすぐそばに駐留している飛び地地帯に資本を入れたがる有力者はさすが
    にいなかったのだ。そんなベルリンに大きな転機が訪れたのは、1989年の東西ドイツ再統一及びベルリンの壁崩壊である。ベルリン再統一後の大規模な開発でとてもスタイリッシュで
    モダンな街並みへと変貌を遂げていた。

    (2)ミッテ
    2016年現在、ベルリンは12区で構成されている。ポツダマープラッツはミッテ区と呼ば
    れるエリアにある。ミッテとは英語でミドルという意味で、東京の千代田区と中央区を合わせたような経済と文化の中心エリアである。
    ミッテはブランデンブルグ門、連邦議事堂、ウンターデンリンデン、博物館島、ベルリン大聖堂、ジャンダルメンマルクト、ベルリンテレビ塔といった行政・観光の中心地である。ポツダマープラッツにはベルリン再統一後にできた観光スポット・ソニーセンターがある。世界的に有名な建築家ヘルムート・ヤーンが設計した文化複合施設だ。とても珍しい建築様式で外観が富士山のように見えることで有名である。

    ポツダマープラッツで会ったデベロッパーからもらった資料によると、ミッテにある新築不動産案件の価格が1平方メートルあたり4500ユーロ(1ユーロ=113円換算)でおよそ50万円であった。ベルリン中央駅から非常に近く、東京でいうところの中央区銀座から徒歩10分のようなアクセスの物件である。東京で同様のエリアでマンションを購入すれば約2倍はする
    であろう。

    (3)歴史による歪み
    この地価の安さがベルリン不動産の最大の魅力である。ベルリンは決して新興国の首都ではない。G7加盟先進国の中でもトップクラスの経済規模及び財政基盤を誇るEUの優等生であ
    るドイツの首都なのだ。本来、このレベルの地価であるのは考えられない。今後、他の先進国の首都と同じレベルの価格水準まで上昇していくであろうことは容易に推測が可能である。一
    般的に不動産投資において、こういった歪みのことをアービトラージと言い、大きなリターンを得られるチャンスである。不動産投資ではいかにアービトラージを見つけ、投資をするかが
    最も利益を得られる方法だと言われている。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

     

  • 成長都市ベルリン 先進国の発展途上エリアにチャンスあり

    成長都市ベルリン 先進国の発展途上エリアにチャンスあり

    テーゲル空港

    (1)東日本大震災直後
    東日本大震災の影響が色濃く残る東京から、ベルリン・テーゲル空港に降り立ったのは2011年の春であった。
    その年は年明けから景気が持ち直す兆しが見え始め、梅が咲く頃には経済活動が活発になりかけていた。そんな時に起きたのがあの大地震。奇しくも、著者が不動産会社ウィンドゲートを立ち上げたのはその年の2月7日。宅建業免許がもうすぐ下りるというタイミングであった。会社を立ち上げてすぐに地震で経済活動がほぼ止まってしまう。これ以上ないくらい厳しい船出となったのだ。
    会社は著者である日本人・尾嵜豪とドイツ人・ベンジャミン・グロースとで設立をし、ヨーロッパから日本に来る外国人客へ、東京都心の高級住宅賃貸サービスをビジネスの柱として考えていた。しかし、震災後の、ヨーロッパにおける日本のイメージダウンは想像以上に大きく、ほぼ売り上げが見込めない状況になっていた。さらには共に会社を立ち上げたパートナーであるグロースが、震災の影響が色濃く残る東京を去る決断をするという、いきなり最大のピンチに襲われたのだ。

    (2)ベルリンの美しい街並み
    テーゲル空港は、ベルリンという大都市にしてはコンパクトな空港で、その第一印象からベルリンは正直地味な都市だと感じた。東京を離れる決断をしたグロースと、ベルリンの不動産が日本人にとって投資対象として魅力があるかについて議論を交わしたのは、わずか渡航の3週間前のことであった。まずはこの目でベルリンを視察し、ベルリンのデベロッパー・不動産会社と意見を交わすことが最も重要だと意見が一致し、共に機上の人となったのであった。
    テーゲル空港を出て、Sバーンと呼ばれる鉄道で、宿泊する予定のホテルがあるベルリン南東部の駅に着いた。その時、私の第一声が「えっ? ここが首都? 軽井沢みたいだ!!」であった。駅前の主要幹線道路は片道2車線でとても広く、歩道と自転車専用道が整備されている。また路側帯が広く、車が駐車しても邪魔にならない。何よりも電線・電柱がないので視界がとても広いのだ。表通りから一本路地に入ると景色は変わり、車が十分すれ違えるほどの広さの道路が、あえてアスファルト舗装されていない。日本でよく見かける電柱の代わりに街路樹が植わっている。日本で視界を妨げる電線の代わりに、風で木の葉が揺れるさまなどは、映画のワンシーンのようだ。ベルリンは電線地中化率がほぼ100パーセントであり、自然をいかした街づくりはまるで電線が埋設されていないような錯覚に陥る(東京23区の電線地中化率は約7パーセント)。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

     

  • いよいよドイツフェス開催!

    いよいよドイツフェス開催!


    いよいよ下記日程でドイツフェスティバルが行われます。
    弊社ウィンドゲートもスポンサーとして協賛させていただいております。
    是非、足をお運びいただいてソーセージにビール、音楽を楽しんでください!

    2017年11月2日(木)~5日(日)
    時間:11月2日 16:00-22:00(LO:21:30)
    11月3-4日 11:00-22:00(LO:21:30)
    11月5日 11:00-20:00(LO:19:30)
    場所:都立青山公園
    http://www.deutschlandfest.com/

  • ベルリンのイメージと魅力

    ベルリンのイメージと魅力

    みなさんはベルリンに対してどんなイメージがあるでしょうか?
    ベルリンの壁、冷戦、戦争といったどちらかというとマイナスのイメージを持っている人は多いと思います。ところが、実際にベルリンに行った人からは、「美しい街。首都とは思えない緑溢れる街並み。軽井沢みたい!! 街の人がとても親切!」と溢れんばかりのプラスのイメージの言葉が出てくるのです。休日に湖のほとりでくつろぐカップルや重厚なレンガ造りの街並みを見ていると、こんなところで暮らしてみたいと実感するのです。

    まず、ベルリンという街の魅力を紹介したいと思います。
    日本人にはあまり知られていませんが、観光都市として多くの外国人が訪れています。歴史ある多くの世界遺産建築物もそうですが、とてもグランドデザインがしっかりとした都市であり、自然とインフラが見事に共存している美しい街並みに驚かされます。
    その後、本書の主題であるドイツ・ベルリン不動産の魅力について迫ります。
    歴史に翻弄されたベルリン。歴史に取り残された都市が首都となり、先進国ながら新興国並みの発展を遂げている現在、不動産投資の最大のチャンスが到来しているのを実感していただけると思います。
    ドイツ非居住の日本人が自由に買うことができ、ローンを組むことも可能なのです。

    ヨーロッパの歴史建造物のオーナーになるなんて。夢があると思いませんか?
    中古市場が発展したドイツでは売却の出口戦略が立てやすいのが魅力です。
    成長都市なのでキャピタル・ゲインも見込めます。また、建物の価値が高いドイツならではの、減価償却を用いた節税効果も期待できるのです。
    空室率の低さも魅力で安定した賃料収入が期待できます。
    さぁ、いよいよ不動産投資は国境を越える時代。資産を守るために安全な経済圏と地震のないドイツ不動産の魅力を感じてください。

  • 自転車大国!!

    自転車大国!!

    ベルリンを含めドイツは自転車大国で、多くの自転車が我が物顔で車と並走している。

    ドイツ人に聞くと、あまりにも自転車の運転が荒いので、轢きそうになってイライラする事は多いらしい。

    そんな自転車ではあるが、自転車人口が多いこともあり、自転車専用レーンが多く設けてある。

    ドイツでは歩行者優先の感覚がないので、すごいスピードで突き進んでくるので観光客は注意が必要である。

    尚、上記写真のようにベルリンではレンタル自転車が至る所に設置されており、これを使えばより効率的に

    街めぐりができる。(運転にはご注意を!!)