月: 2017年12月

  • 年末年始の営業につきまして

    年末年始の営業につきまして

    いつも大変お世話になっております。
    師走の候、何かとご多忙の日々をお過ごしのことと存じます。
    さて、誠に勝手ながら弊社では、下記の期間を年末年始休業日とさせて頂きます。

    ———————–
    WINDGATE Inc. (Tokyo)
    ■年末年始休業日
    12/28(木) ~ 1/4(木)
    1/5(金)午後〜通常営業させて頂きます。

    WINDGATE GERMANY (Berlin)
    ■年末年始休業日
    12/23(土) ~ 1/3(水)
    1/4(木)〜通常営業させて頂きます。
    ———————–
    今年も大変お世話になりました。
    皆様、良いお年をお迎えください。
    来年2018年もさらなるサービスの向上を図るよう、
    誠心誠意努力する所存ですので、より一層のご支援を賜りますよう、
    心よりお願い申し上げます。
    株式会社ウィンドゲート
    代表取締役 尾嵜豪

  • 駅名からたどるベルリンの歴史の足跡

    駅名からたどるベルリンの歴史の足跡

    1. ベルリンの交通はBVG (Berliner Verkehrsbetriebe: ベルリン交通局)とDeutsche Bahn(ドイツ鉄道)による電車・バス・トラム・船で支えられている。中でも電車はSバーン(ドイツ鉄道による運営)とUバーン(ベルリン交通局による運営)がベルリン中を隅々まで網羅しており、住民や観光客の重要な移動手段となっている。ベルリンを訪れたことのある人はこの路線図を一度は見たことがあるだろう。今回はベルリンの駅名からの都市の成り立ちや拡大などといった「歴史の足跡」を探ってみたいと思う。

    まずは基本事項から

    駅名を読んでいくうえで、まずは地名や駅名を構成するドイツ語の基本単語をおさえておきたい。

    ベルリンでの駅名のつけ方はバラエティに富んでいるが、このような単語を基本とした一定のルールを理解すればベルリンの街の成り立ちや大まかなイメージをつかむことができる。「門 (Tor) 」や「広場(Platz)」といったヨーロッパならではの都市の機能は頻繁に駅名に用いられるが、これはこのような都市機能が元来人の交流・交差の場であり、そこに駅が建設されるという流れがあるからであろう。

    ベルリンの「端」をなぞる

    ベルリンで「門 (Tor) 」のつく駅名をなぞってみると、昔のベルリンの端が見えてくる。

    観光地としても有名なブランデンブルク門(Brandenburger Tor)もそのひとつである。現在も名前の通り「門」が残っているのはここだけだが、ここはかつてブランデンブルク地方への出入り口であったために、このような名前が付けられた。同じようなプロセスで「広場 (platz)」も名前がつくケースが多い。ブランデンブルク門にほど近いPotsdamer Platz(ポツダム広場)も、隣の街であるポツダムへの出入り口であった。現在Torのつく駅はどこもベルリンのメインエリアに位置しており、ベルリンが徐々に拡大してきたことが分かる。


    大通りは旧東エリアが多い?

    大通り (Allee)と名がつく駅名をチェックしていくと、そのほとんどが東エリアにあることが分かった。これには旧東ベルリンの都市計画と何か関係があるのだろうか?

    ①Lindauer Allee (U8) ②Schönhauser Allee (Ring) ③Prenzlauer Allee (Ring) ④Mehrower Allee (S7) ⑤Landsberger Allee (Ring) ⑥Frankfurter Allee (U5, Ring) ⑦Sonnenallee (Ring) ⑧Grenzallee (U7) ⑨Blaschkoallee (U7) ⑩Parchimer Allee (U7) ⑪Lipschitzallee (U7) ⑫Wutzkyallee (U7) ⑬Podbielskiallee (U3)

     

    東ベルリンの都市復興計画では、当時ソ連で独裁を敷いていたスターリンによる社会主義リアリズムに端を欲したモニュメンタリンズムを基軸に、西側諸国に対する「勝利」を表現した壮大な建築物やその装飾デザインが提案された。復興計画の目玉として、東ドイツ政府はナチスによる一極集中型都市像を彷彿とさせるスターリン通り(Stalinalle)を建設した。この通り沿いは高層の住宅や商業施設・公共施設などが隙間なく建設され、ファサードは古典主義的デザインで飾られた。 スターリンの死後はスターリン批判の影響を鑑みて、東半分をフランクフルト通り(Frankfurter Allee)、西半分をカール・マルクス通り(Karl Marxalle)と改名された。このように、東ベルリンの歴史と”Allee”には何らかの関係があると考えられるが、すべてのAlleeがこれに準ずる訳でもない。


    ベルリンの多文化共生は駅名にも現れている?

    様々な国や地域から移民・移住者が殺到し、多様な文化が生み出されるベルリン、駅名も外国にルーツのあるものが存在する。

    ①Mexikoplatz (メキシコ広場駅: S1)②Französische Straße (フランス通り: U6) ③Schwartzkopfstraße (黒頭(黒髪)通り: U6)

    ②のFranzösische Straße は15世紀から16世紀にかけて行われたベルリンの市街地拡大に合わせ流入したフランスからの移民に起因する。1685年、フランスのルイ14世がカルヴァン派の新教徒の保護を約束していたナント勅令を廃止し、多くの新教徒たちが路頭に迷っていたところに、城塞の建設を決定した大選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルムが同年にポツダム勅令を発令し、新教徒たちの受け入れを始めた。フランスから逃れてきた彼らはユグノーと呼ばれ、約2万人がブランデンブルク地方へ、そのうち約6千人がベルリンへ落ち着いた。当時のベルリンの人口が約1万6千人であったので、移民流入後は人口の約4分の1がユグノーとなり、この変化は都市拡大計画や生え抜きのベルリン市民らに多大な影響を与えたのである。このような時代背景が現在も駅名に残されている。

    度重なる破壊と更新を繰り返してきたベルリン、その歴史は味わい深い都市の深みとなり街のあちこちに現れている。駅名もそのひとつとして注意深く見てみると、まだ知らないベルリンの姿が見えるかもしれない。

    <次回セミナー情報>
    ベルリン・その街の魅力
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    ・2018年1月10日(水)19:00~

     

     

  • Merry X’mas from Germany

    Merry X’mas from Germany

     

    Merry Christmas!!

    ドイツではクリスマスはとても華やかになります。

    ドイツ語で「Weihnachtsmarkt(ヴァイナハツ・マルクト)」と呼ばれるクリスマスマーケットは、11月下旬からクリスマスまで毎日盛大に行われます。
    大きなクリスマスマーケットでは、広場の中心にクリスマスタワーという大きな仮設の塔が置かれ、その周囲には日本の縁日のように出店が並び、簡単な食事や土産物が売られています。

     

    ■ベルリンでお薦めしたいクリスマスマーケット3選

    ドイツのほぼ全都市で開催されているクリスマスマーケット。その魅力で多くの人を楽しませています。
    中でもベルリンは、少し歩けばすぐ次クリスマスマーケットが見つけられるほど、本当にたくさんのクリスマスマーケットが街中に存在しています。数あるマーケットの中から現地スタッフが特にお勧めしたいクリスマスマーケットをご紹介します。

     

    ■ムードいっぱいの「ジャンダルメン広場」

    ドラマチックにライトアップされた会場内には、特設ステージが組まれ演奏や合唱など本場のロマンティックなムードいっぱいに過ごせるジャンダルメン広場のクリスマスマーケット。
    日中もいいですが、日の落ちた夕方以降に訪れれば一気にその雰囲気に魅了されるでしょう。

    ■一度で二度楽しい「アレキサンダープラッツ」

     

     

     

    ここの特徴は、なんと言っても「遊園地とクリスマスマーケット」両方楽しめること。観覧車やメリーゴーランド、ジェットコースターなど大掛かりな移動式遊園地がクリスマスマーケット内に併設され、大変な賑わいとなっています。わいわい楽しみたい方にお薦めです。

     

    ■エレガントに楽しむ「シャルロッテンブルク宮殿」

    宮殿の敷地内で楽しむクリスマスマーケットはとても優雅な雰囲気の中で楽しめます。手作りの雑貨などを取りそろえる商店、スパイスのきいたクリスマス定番のお菓子「レープクーヘン」等様々なお店が並びます。夜が長く、天候も悪いクリスマスシーズンに寒空の下でいただくホットワインは格別ですが、ここでは暖を取りながらゆっくりできる室内レストランもあり、エレガントな時間を過ごすことが出来ます。

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  • ベルリン不動産の売り時は?

    ベルリン不動産の売り時は?

    ベストな売却のタイミングは?

    ベルリン不動産は地価の上昇局面にあり、キャピタル・ゲインを得ることが主目的であることを考えると、ある程度の期間保有してから出口戦略を描くことが大事になる。
    一つ目のポイントとして、日本に居住する個人の場合は、譲渡益にかかる税金額が変わるタイミングの5年超である。
    ドイツの不動産であっても5年超に当てはまる場合は、日本の税制が適用されるのだ。不動産を売却した時の譲渡税は「利益」部分にかかる。すなわち「売った値段から買った値段(取得費)を引いた額」に対してかかるのだ。また、仲介手数料や司法書士費用などの「譲渡費用」も差し引くことができる。
    所有期間5年以下で売却した場合、税率は39パーセント(所得税30パーセント、住民税9パーセント)という税率が課せられる。尚、「所有期間」とは、「その年の1月1日時点での」所有期間である。
    所有期間5年超での譲渡に対しては、税率は20パーセント(所得税15パーセント、住民税5パーセント)になる。そこまでは少なくとも所有したいものである。2番目のポイントとしては7年である。これは築38年以上の中古のアルトバウを買っていれば重要である。減価償却期間が7年であるために、しっかりと償却メリットをとることができる。

    3番目のポイントとしては10年である。ドイツでは所有期間が10年を超えると不動産譲渡税が非課税になる。日本の居住者としては、外国税額控除で戻ってくるので本来気にしなくてよいのだが、場合によっては全額が控除で戻らない可能性があるので、10年長所有するのは安全だろう。

    繰り延べられた税金が、利益に対して最後にかかる可能性があるので、新たな不動産を購入するなど対策するのもありだろう。

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    ベルリン・その街の魅力
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  • .減価償却及び中古不動産に関する日本とドイツの違い

    .減価償却及び中古不動産に関する日本とドイツの違い

    (1)ドイツは建物と土地を分けない
    ドイツの不動産は日本とは異なり、「建物」と「土地」を明確に分類せず、また、土地よりも
    建物が高く評価されることが一般的である。そうした特性によって得られる効果について見ていきたい。

    (2)不動産の減価償却の考え
    日本では不動産は「建物」と「土地」に分けられている。
    建物部分は、時間の経過などにより価値が減っていくので、「減価償却資産」と呼ばれる。一方、土地には減価償却はない。
    ところが、ドイツの不動産は、建物と土地に分けるという概念がない。購入した物件の「建物価格」と「土地価格」を明確にするのは容易ではない。

     

    (3)ドイツの路線価〝Bodenrichtwert〟
    では、どのように計算をするかというと、〝Bodenrichtwert〟という名称の、ドイツ版の路線価がわかるものを利用する方法が一般的である。インターネットで参照することができ、誰でも閲覧可能である。
    そこには各エリアの道路ごとに平方メートルあたりの単価が記載されているので、日本で行われているように、面積を乗じていくことで計算が可能となる。

    (4)区分所有の計算方法
    マンションなど、土地が共有持分になっている場合でも、日本の路線価計算の方法を参考に考えるのが基本である。

    考え方
    ●自分の土地の持分価格
    =建物の土地価格(ドイツの路線価〝Bodenrichtwert〟×土地の面積)
    ×(区分の専有面積/マンションの延べ床面積)
    ※注:土地の価格が計算できれば、不動産価格から土地価格を控除したものが建物価格となる。

    (5)ベルリン不動産の減価償却の魅力
    減価償却による税の繰り延べ効果の面で、ベルリン不動産の魅力は、建物:土地の価格の比率が、平均で7:3と言われるほど、建物価格が高いところにある。歴史を積み重ねた重厚な建物がそうさせている。

    (6)ドイツ中古不動産マーケットの充実
    さらに、ドイツの中古不動産市場が非常に活発であることも重要だ。日本では新築物件に高い価値を置かれ、中古物件は急速に価値が下がっていくのが一般的だ。しかしドイツでは築50年、築100年の建物であっても高い価値を維持しており、中古物件の方が新築物件より高値で取引されることもよくある。

  • 堅牢でエコなドイツの建物

    堅牢でエコなドイツの建物

    ◎堅牢な建物
    ドイツの中古物件の良さはまず、その「堅牢さ」である。特に、19世紀後半から第二次世界大戦直後(1950年代後半)の間に建てられたマンションは、その壁に石やレンガを使用する、非常に丈夫な造りだ。
    ベルリンは地震の心配がないため、過去200年間を通じ、この丈夫な壁を壊すことができたのは、人間だけであった(第一次・第二次世界大戦)。完全に取り壊して新築するよりも、残ったスケルトンや壁を利用して建て直す方が安上がりだったということからも、どれほど強固に作られた建物であったかがわかるだろう。
    現在、当時と同じような建設資材・建築方法で建物を造ることは不可能だ。というのも、現在では人件費がかかりすぎてしまうからだ。つまり、上記の時期に建設されたマンションは、二度と同じものが建てられない、そして、新築物件は増加していくという面からも、中古物件の価値が今後も上昇し続けることは必至である。

    ◎優れた断熱性
    もう一つ、石やレンガで造られた建物の良さは、優れた断熱性にある。厳しい冬に、建物内の暖かさを逃がさないだけでなく、夏には室内の温度を涼しく保つことができる。その断熱性の高さは、この10~15年間で新しく開発された断熱材が、やっと追いつくことができるようになったほどだ。
    壁の厚さは、最も厚いものになると2メートルにもなる。こういった物件は、見た目の美しさ、機能性、快適さなどから、ベルリン不動産市場において極めて需要が高くなっている。

  • ドイツ、ベルリン中古不動産の魅力

    ドイツ、ベルリン中古不動産の魅力

    1. (1)築100年の魅力
      ドイツ・ベルリンには築100~150年といった古い建物が数多く残っており、その多くは歴史的建造物として指定されている。中古不動産市場が発達しているドイツでは、それら歴史的建造物も不動産マーケットで活発に取引されている。しかも、新築価格にひけをとらない水準で売買価格が形成されているのだ。

    (2)ベルリン中古不動産の建築水準
    何故、ドイツでは中古不動産の価格が新築をもしのぐ人気なのか?
    それは中古物件の建築水準にある。特に石造り・レンガ造りで建てられた「アルトバウ」に代表される第二次世界大戦以前の建物は壁厚1メートル以上、有効天井高3メートル以上あるような立派な造りの建物が多数存在している。
    さらに外観に意匠が施され、細部までこだわった建物が多く所有する喜びを感じられる。現在の時価で言うと建築工事単価は数倍~数十倍はかかるであろうと言われている。ドイツの最新の建築技術をもってしても、同じクオリティの建物を建てるとデベロッパーは予算超過で大赤字になってしまう水準なのだ。

    (3)中古物件のカテゴリー
    現在、ベルリン不動産市場で扱われている物件は、基本的に「新築」「中古」と分けることができるが、中古物件についてはさらに3種類のカテゴリーが存在している。

     

     

  • 12月はクリスマスマーケットの季節

    12月はクリスマスマーケットの季節

    12月に入り、ドイツではクリスマスマーケットのシーズンとなった。ベルリンでは市の観光ポータルサイト「Visit Berlin」で紹介されているものだけでも53か所でクリスマスマーケットの開催が予定されている。冬の寒さは厳しいが、地元住民・観光客を問わず一年で最も人々の心が熱くなるのが12月である。
    日本のお祭りがそうであるように、ドイツのクリスマスマーケットも地域ごとにバラエティ豊かなのが特徴だ。特にベルリンのクリスマスマーケットは伝統的なものから外国のエッセンスを取り入れたもの、ある特定のテーマに絞ったものまで多種多様であり、何度訪れても飽きることがない。ここではそのいくつかを紹介したい。

    【1】グルーネヴァルドのクリスマスマーケット(Märchenhafter Weihnacjtsmarkt am Jagdschloss Grunewald)

    ベルリンの南西部に広がる森林地帯にひっそりと佇むベルリン最古のお城で行われるクリスマスマーケット。ここはもともとプロイセン時代の王様が狩猟を楽しむ離宮であった。最寄りのバス停から真っ暗な森の中を1kmほど歩き続けなければいけないが、その先に突如賑わいを見せるマーケットが現れる。クリスマスマーケットには入場料を徴収するものとしないものがあり、グルーネヴァルドのマーケットではお城の入り口で入場券を購入してから中に入るシステムだ。伝統的な雰囲気が人気で、常に行列ができている。

    出典:Märchenhafter Weihnacjtsmarkt am Jagdschloss Grunewald Facebook公式イベントページより(https://www.facebook.com/events/1970611479874438/)

    【2】ジャパニーズクリスマスマーケット(Japanischer Weihnachtsmarkt Berlin)(Märchenhafter Weihnacjtsmarkt am Jagdschloss Grunewald)

    日本に関わる飲食店・雑貨屋・アーティスト・デザイナー・団体などが一同に会し、Arena Berlinという大きなメッセホールを貸し切って行われるクリスマスマーケット。日本食を堪能したり、伝統芸能のステージを楽しんだりしながら日本人・外国人問わず日本に関心のある人々が交流する大切な場となっており、ベルリンにおける日本文化の人気さを感じるマーケットである。2017年の開催は残念ながら見送られたそうだが、2018年の開催を楽しみにしたい。このマーケットでは日本のクリスマスとお正月の雰囲気をいわば”逆輸入”したもので、ベルリンの文化の多様性がここにうかがえる。

    出典:Japansicher Weihnachtsmarkt Berlin 公式Facebook ページより(https://www.facebook.com/japanxmasmarket/)

    古くから教会や市庁舎、宮殿の前に空地が設けられ、広場の活用に多様な文化があるヨーロッパ。クリスマスマーケットはその代表例と言えるだろう。昨年ベルリンではカイザーヴィルヘルム教会前のクリスマスマーケットで悲惨な事件が発生したが、これを受け今年はベルリンの各クリスマスマーケットにおいて一層の安全対策・警備強化がなされている。時代が変わっても長く親しまれ続けるクリスマスマーケット、安全と安心を共にこの文化が継承されていくことを願う。

  • 人口増加のベルリン、最新の動向

    人口増加のベルリン、最新の動向

    これまでも何度かベルリンの人口増加についてのトピックがブログの中で取り上げられてきたが、今回はその詳細に迫りたいと思う。
    ベルリンの地方紙であるベルリナー・モルゲンポスト(Berliner Morgenpost)は”Wo die meisten Neu-Berliner 2016 her kamen (2016年、新しいベルリナーの大多数はどこから来たのか?)” と題し、その結果を発表した。下の図をご覧いただきたい。


    出典:BM Infografik Twitter公式アカウントより(2017.11.18の投稿)

    濃い緑がドイツ国内からの移住者、薄い緑が国外からの移住者となっている。時計回りにだんだんと数が少なっているのがお分かり頂けるだろう。ランキングを整理すると以下のようになる。

    まず、ドイツ国内からの移住者において注目したいのは、17位までにランクインした8つの州(特別市)のうち6つが旧西ドイツエリアに位置しているということである。11月14日公開の「壁崩壊から28年、ベルリンは今」と題したブログ(https://goo.gl/92S6Be)では、2014年から旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域間の移住傾向が逆転していることについて触れたが、その結果がこの結果にも如実に表れていると言えるだろう。(参考資料:『東西移住傾向が逆転、1990年統一後初めて ドイツ』AFP BB NEWS http://www.afpbb.com/articles/-/3088855 )
    次に、国外からの移住者においてやはり目を引くのは、欧米諸国に次ぐ中東の国々である。ドイツの難民受け入れ政策に関しては昨今様々な議論が続いているが、今後も中東系の「新ベルリナー」がベルリン、そしてドイツ社会の中で一定数の割合を占めることになるのは間違いないだろう。また、財政難を抱えるイタリアなどの欧州内の隣国や、2000年以降のEU拡大に伴うポーランドやブルガリア、ルーマニアといった東欧諸国からの移住も注目すべきポイントである。

    2017年もあとわずか、今年もまた「新しいベルリナー」が誕生している。世界中からの希望と期待を背負った人々が集うベルリン。ベルリナーという言葉は単なる”ベルリン市民”という枠を超え、より広く多様な意味合いを持つようになるであろう。ベルリンを訪れ、住まう人々を理解することは、今後のベルリンの未来を紐解く重要な鍵ではないだろうか。

  • 新都心ポツダマープラッツ

    新都心ポツダマープラッツ

    ポツダマープラッツは、ソニーセンターを始め、近代的なベルリンの街である。博物館島のあるアレクサンダープラッツ周辺とは大きく違う。ポツダマープラッツは第二次世界大戦前のベルリンの中心地の一つであったが、ベルリン市街戦で激戦地となり街は廃墟となってしまっていた。1961年に築かれた壁により、ベルリンは東西冷戦の戦略的拠点ではあるものの、大規模な開発がなされない経済的な空白地となっていた。ソ連の軍隊がすぐそばに駐留している飛び地地帯に資本を入れたがる有力者はさすが
    にいなかったのだ。そんなベルリンに大きな転機が訪れたのは、1989年の東西ドイツ再統一及びベルリンの壁崩壊である。ベルリン再統一後の大規模な開発でとてもスタイリッシュでモダンな街並みへと変貌を遂げた。

    壁崩壊後、再開発の地として最初に選ばれたのは、ベルリン中央区に位置するポツダマープラッツであった。現在ベルリン市内で、訪れる観光客数が最も多い場所の一つであるこの広場、そしてその周辺には、ベルリン国際映画祭の会場があり、数々の巨大ショッピングセンターが現れ、1989年当時の景観と比べると劇的に変化している。
    当時再開発に着手したのは、ダイムラー・ベンツ、ソニー、ドイツ鉄道などの大手企業だ。再開発の背景には、大きな要因があった。

    その要因として、ベルリンの壁がポツダマープラッツを分断する形で建設され、その東側は無人地帯として広大な更地となっていたため、壁崩壊後の開発が進めやすかったことが挙げられる。またポツダマープラッツは、壁が建設される以前から、市電、地下鉄、地上鉄道などの交差点であり、交通の便が非常に優れていた場所であった。まさにベルリン中心部から目と鼻の先という、非常に魅力的な立地である。ベルリンの壁崩壊以降、潤沢に存在していた旧東ベルリンの開発土地であるが、2014年にオープンした巨大ショッピングセンター「Mall of Berlin」が、パズルの最後のピースとなった感がある。そして現在は旧西ベルリンで、大規模な再開発が進んでいる。ベルリンの壁があった場所のすぐ西側には、壁崩壊前から数々の素晴らしい文化施設が立ち並んでおり、西側の文化的レベルの高さのアピールとなっていた。クラシック音楽の殿堂、ベルリン・フィルハーモニーや、ベルリンの〝MOMA〟的な存在である新・ナショナルギャラリー、ベルリン州立図書館などが代表的である。

    ※ドイツ不動産セミナー

    ~先進国の知られざる「成長都市」ベルリン及びフランクフルト、ハンブルクの最新事情と不動産投資のポイント
    ・2017年12月10日(日)13:00 – 14:30
    ・ウィンドゲート本社内 セミナー会場

  • ベルリンの地価上昇

    ベルリンの地価上昇

    ベルリンの夜景
    ベルリン・アレクサンダープラッツの夜景です

     

    ◎特徴的な低いベルリンの地価
    ベルリンは東西に分かれていた時は、東西両陣営にとっての戦略的地点としての位置づけであり大きな開発がなされず、地価はとても低く、経済的には貧しい状況に陥っていた。1990年のドイツ再統一後、ようやく地価は旧西ドイツ諸州から徴収される復興税や首都機能移転効果などで上昇し始めたが、45年間のブランクは大きく、2016年時点での平均地価はまだ東京やロンドンの4分の3程度でしかない。だが、ベルリンは経済大国ドイツの首都であり、それにふさわしい地価水準に近づいていくことが容易に想像できるであろう。尚。ベルリン・ミッテの中心エリアの地価上昇率は平均を大きく上回っており、1万~1万5千ユーロ/㎡をつけることも珍しくなくなってきている。それでもロンドンやパリの一等地よりまだまだ地価が低い。

    ◎ベルリンの地価上昇
    今まで述べてきたように、ベルリンの地価は他主要先進国の首都と比較して、割安である理由がわかったと思う。しかし、その地価の低さに注目して、リーマンショック以降多くの投資家が、ベルリンの不動産を購入し始めている。その結果地価の上昇率が高くなっているのだ。

    ◎2006年から2016年にかけて10年間でおよそ1・7倍の不動産取得平均単価の上昇率である。
    2012年以降も不動産取得平均単価の上昇が続いており、いまだに割安感があるものの、以前ほどの割安感は薄れてきていると言える。別のデータを参照しても、ドイツ経済の底力と、ベルリン不動産市場の着実な成長により、発展予測は先行きが明るい。ベルリン不動産のキャピタル・ゲイン予測はいまだ高いものである。

    2006年から2015年にかけ(リーマンショック期間を算定に含めた場合でも)、年間平均上昇率は7パーセントを超えている。これは、過去2年間の発展が非常に良かったためだ。
    比較として、以下に2008年から2010年の停滞期後の平均値を紹介しよう。30~80平方メートルの区画で、2010年から2013年を見ると、年平均で8・4パーセント(家賃)、また21・3パーセント(価格)の上昇を示している。価格の上昇と家賃の上昇の間に存在するギャップには、注意が必要である。どちらのデータが信頼に値するものなのか?
    家賃上昇の方が、変動カーブが緩いのだが、長期的予想には、こちらの方が上昇値として関連性が高いと考えている。価格上昇の平均値は、いくつかの高級物件に影響を受けることがある(物件数に対し、平均値を上向きにする影響が極めて大きい)。ベルリンの高級物件数は、過去数年間で大きな増加を見せている。
    それでは、どのように予想値を計算すれば良いのか?
    著者が採用しているのは加重平均である(80パーセント家賃上昇、20パーセント価格上昇)。2010年から2013年の加重平均は10・9パーセントとなる。

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