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  • 【シンポジウム聴講】オルタナティブ・カルチャー存続のために@ゲーテ・インスティテュート

    【シンポジウム聴講】オルタナティブ・カルチャー存続のために@ゲーテ・インスティテュート

    ドイツ政府の外郭団体であるGoethe Institut(ゲーテ・インスティテュート)にて行われたシンポジウムを聴講した。

    【概要】
    オルタナティブ・カルチャー存続のために ― 抵抗・自由・開放運動のアーカイブ
    日時:2018年5月27日(日)
    15:30~17:00
    場所:ゲーテ・インスティトゥート 図書館
    (東京都港区赤坂7-5-56 ドイツ文化会館2F)

    抵抗運動、自由・解放運動、オルタナティブ運動は、その国の社会を持続可能な形へと形成する。次の世代のためにも社会の反対運動の歴史を今後の現代史の研究へ繋げるために、当時のパンフレットや写真、ニュースレター、デジタル典拠などは必要不可欠な資料である。しかしながら、抵抗運動の一次資料は公的なアーカイブへ収集されることはほとんどなく、その保存を保証されている状況にない。市民の”下から(草の根)”の記憶を繋いでいくには、市民社会が積極的に関わっていく必要がある。

    今回ドイツと日本から、市民の社会参加を促すオピニオンリーダーとアーカイヴの代表を迎え、知識を共有財産として継承するにあたっての市民社会が果たす役割を議論する。本シンポジウムは、市民運動に関わる活動家やテーマに関心のある方々を対象とする。
    (講演会イベントページより抜粋)

    抵抗運動、自由・解放運動、オルタナティブ運動といった活動においては、当然ながらその活動の目的の達成のために多くの労力が使われる。その一方で、その活動の様子を「記録する」「記憶する」という部分にはなかなか手がまわらず、貴重な資料や記録などがその価値を評価されない状態が続いている。本シンポジウムでは、日独における市民運動やアーカイブのスペシャリストたちがその最前線を解説し、これからの市民社会におけるアーカイブのあり方について議論するというものであった。


    日独における「アーカイブ事情」の違い

    ドイツの市民社会では、約90‐100の自由なアーカイブがあるそうだ。市民活動を支える財源は補助金や寄付・販売活動によって確保されているが、そのほとんどがアーカイブに利用されないというのが現状である。そのなかでも、ベルリンはドイツのなかでも市民運動アーカイブの豊かな蓄積がなされている街だという。
    たとえば、PAPIERTIGER(Paper tigerの意)という団体は、1981年より左派思想の紙媒体の資料のみを保存している組織だ。

    Papiertiger HPトップ画面

    Spinnbodenは、レズビアンに関するヨーロッパ最大のアーカイブである。図書館とオンライン上のアーカイブの2つを運営している。

    ドイツでは、このようなアーカイブが市民社会の重要な一部であり、”生きた民主主義の機関”としての位置づけがなされている。国民の約3人にひとりがボランティアの活動に従事しているというデータもあるほど、日々の生活に市民活動が根付いている。これに付随してアーカイブも自由な発展を遂げているのだが、当然ながらいくつかの課題も存在する。

    まず、安定的に専門性を維持していくことの難しさがある。アーカイブは経済性に大きく左右されるため、豊かとは言えない経済状況の市民活動においてアーカイブは不安定なものでありがちだ。また、アーカイブのデジタル化にも大きな労力が必要である。例えば、ドイツの女性に関するアーカイブを管理しているDDF(Digitales Deutsches Frauenarchiv)では、古い資料を1枚1枚手作業でPDF化している状況だ。アーカイブとして後世”使われやすい”ものを残していくためのデジタル化は、まず人の手が必要なのである。

    では、日本ではどうだろう。

    日本でもやはり、アーカイブに割くヒト・カネ・ハコ(場所)が圧倒的に足りていないのが現状だ。特に「ヒト」に関しては、アーカイブに携わる人々はもちろんのこと、「アーカイブを望む」人々の存在が重要である。市民と政治との距離が遠く、ドイツよりもボトムアップの風潮が弱い日本では、前者とともに後者もいかにして育てていくかが課題となる。

    また、所蔵すべき資料を持っている本人達がその価値に気づいていない、というケースも多々ある。アーカイブを残すということは、その資料単体を残すだけでなく、当時のネットワークを残すことにもつながる。アーカイブに携わる側、アーカイブを望む側それぞれからの後押しによってアーカイブの価値を高める事も必要である。

    市民活動に注目してみると、日本は言語の問題でその活動があまり認知されていないことが多い。世界的な市民活動のネットワークのなかで、そこが空白地帯のようになっているそうだ。この空白を埋めるためにもアーカイブはその機能をじゅうぶんに果たすだろう。


    何のためのアーカイブか

    アーカイブは「永遠に忘れないために」存在するものだ、と多くの人が思っているであろう。しかしながら、アーカイブは「”安心して”忘れるため」のひとつの手段でもある。正しい知識・正しい方法を駆使しアーカイブとして記録しておくことで、思い出しやすさや回顧のしやすさを創造する。その結果、アーカイブの当事者だけでなく、より外側の人々にも記録や記憶が受け継がれていくのだ。また、アーカイブの意義は“多数の真実”を残せる点にもある。アーカイブは必ずしも一つの真実や正解のみに結びつくのではなく、理念の達成や目的の実現のために動いたネットワークそのものを豊かに保存しているのだ。

  • クーダムの魅力 ~ベルリンのシャンゼリゼ通り~

    クーダムの魅力 ~ベルリンのシャンゼリゼ通り~

    クーダム(カイザーヴィルヘルム教会 及び、ヨーロッパセンター)を望む

    クーダムの位置図

     

  • 【セミナー報告】ドイツ・ベルリン不動産の魅力!ミニ無料セミナー第1回:キャピタルゲインの魅力

    【セミナー報告】ドイツ・ベルリン不動産の魅力!ミニ無料セミナー第1回:キャピタルゲインの魅力

    開催概要

    『ドイツ・ベルリン不動産の魅力!ミニ無料セミナー第1回:キャピタルゲインの魅力』

    【日時】2018年4月24日(火) 19:00~19:45

    【場所】株式会社ウィンドゲート(東京都渋谷区渋谷1-9-1渋谷ビジネス会館1階)

    【講師】尾嵜豪(おざきたけし・株式会社ウィンドゲート代表取締役)

    明治大学政治経済学部卒業。大手ゼネコンでの勤務・経験を経て、業界最大手の芸能事務所にて不動産売買・賃貸・管理・コンサルティングの総責任者として、すべてを取り仕切る。独立後、株式会社ウィンドゲートを設立し、代表取締役に就任。都心の一流不動産のアドバイザーとして、芸能人・プロスポーツ選手・企業経営者などの富裕層を主な対象とする、不動産投資コンサルティングが好評を博している。又、ドイツの不動産の第一人者として多くのセミナーやフェアに登壇している。著書に『先進国不動産投資の本命登場 ドイツ・ベルリン』などがある。公認不動産コンサルティングマスター、宅地建物取引士、ビル経営管理士、ファイナンシャルプランナー。

    セミナーの様子

    第1回のテーマは「キャピタルゲインの魅力」

    ベルリン不動産の数多くの魅力から、まず第1回は「キャピタルゲインの魅力」についてお話させていただきました。

    ベルリン不動産はなぜこんなにも「高いキャピタルゲインのポテンシャルがある」と言い切れるのか?その答えは、大きく3つあると考えられます。

    ①歴史

    みなさんのご存知の通り、ドイツはかつて東と西に分断されていたという歴史を持っています。これに伴い、東ドイツ側に位置するベルリンも東西に分断されていました。これが「ベルリンの壁」です。1989年にこの壁が崩壊し東西統一がなされ、ドイツはひとつの国として成長していきます。しかしながら、共産主義体制が敷かれていた旧東ドイツ圏の再建は想像以上に難しいもので、当時のドイツにとっては重荷となっていたのです。これを改善するべく、旧東ドイツ圏には旧西ドイツ圏からの復興税が投入されています。今日はもうほとんど西と東の格差はありませんが、完全な復興、そしてより高次元な発展に到達するはまだ時間がかかります。旧東ドイツ圏は「重荷」から「伸びしろ」としてまだまだ成長が期待できるのです

    また、ベルリンに特化して見てみると、ベルリンの壁周辺も発展の「伸びしろ」として大きく期待できます。ベルリンの壁は単なる壁ではなく、周辺の敷地も含んだ軍事拠点であったのです。だからこそ、大きな敷地が開発されずに現在まで残ってきたという歴史があります。旧西ベルリンをぐるっと囲んだベルリンの壁は、当然ながら現在のベルリンの中心地にあたる部分にも大きな余白を残してきました。ロンドンやパリ、ウィーンといった他のヨーロッパ大都市よりもかなり後に生まれた街というメリットに加え、ベルリンならではの歴史が今後の街の成長を後押ししているのです

    ②イギリスのEU離脱(ブレクジット)

    ヨーロッパに、そして世界全体に多大なる影響を及ぼしているブレクジット。ドイツもこれに対し、さまざまな政治・経済・社会的な対策が取られています。首都のベルリンはこれを追い風ととらえ、ますます街の産業の多様化に力を入れていくようです。歴史的背景から「主要産業がない」と言われ続けてきたベルリンにとって、今回のブレクジットは世界都市へと発展する大きなチャンスと考えられます。

    ③Silicon Berlin

    既に②で述べたとおり、ブレクジットによりベルリンはますます産業の多様化が進められていきます。このなかでも特に成長が期待されているのがIT業界です。ベルリンは今や「ベンチャー・スタートアップの聖地」として世界中から斬新なアイデアが集まってくる街となりました。アメリカのシリコンバレーの次世代的場所として”Silicon Berlin”と呼ばれているのです。ビジネスを動かす労働力も豊富で、街全体の人口は増加の一途を辿っています。人口が増えているところに投資することは不動産の鉄則、ベルリンの経済成長を後押しする要因がたくさんあるということは、不動産の世界も成長が期待できるということです。


    ベルリンのキャピタルゲインの特長

    地価上昇を続けるベルリンにおいて大きく期待できるキャピタルゲイン、その特長はずばり「じわじわ上がる」ことです。

    これは、ドイツが不動産取得税を6%と高く設定し、急激な上昇を抑え込むことにより実現されています。これに対し、インカムゲインはそれほど高くはないのですが、これはドイツやベルリンの不動産カルチャーによるものです。日本と比べ、ドイツは全体的にインカムゲインが低く、特に旧東ドイツ圏はその傾向が顕著です。ベルリンは「85%が賃貸・15%が所有」という割合のため、借主の保護が徹底されています。(これに対し、フランスなどでは状況が逆転し、「買う」ことがステータスとなっています)また、年間の最大建築数が市によってコントロールされているなど、街全体を見てもバブルを防ぐ仕組みが設定されています。

    【まとめ】ベルリン不動産:場所を選ぶ3つのポイントと投資戦略

    ① 区:インカムゲイン、 ②地区:キャピタルゲイン、 ③近隣地域:減価償却による節税

    唯一無二の歴史を持ちながら時代の追い風を受けますます成長を続けるベルリンは、不動産投資の面でも魅力に溢れています。今回のセミナーはキャピタルゲインにフォーカスした内容となりましたが、第2回以降はまた違った視点からその魅力に迫っていきます。今後のセミナーにもぜひご注目ください。


    ★次回以降セミナーのご案内★

    お申込みはこちらから!

    第2回:2018年5月16日(水)19:00~19:45(減価償却&相続税対策)
    第3回:2018年5月28日(月)19:00~19:45(ベルリンの都市としての魅力)
    第4回:2018年6月14日(木)19:00~19:45(ウィンドゲートおすすめ物件)

    【会場】株式会社ウィンドゲート(東京都渋谷区渋谷1-9-1 渋谷ビジネス会館1階)
    【TEL】03-6418-6666

     

  • ドイツ語から学ぶベルリン不動産①日本人とドイツ語は相性がいい?

    ドイツ語から学ぶベルリン不動産①日本人とドイツ語は相性がいい?

    『ドイツ語から学ぶベルリン不動産』第1回は、日本人とドイツ語の相性について考えてみたい。「ドイツ語は文法も語彙もちんぷんかんぷん…」そう思っている人が多いかもしれないが、意外にも日本人との親和性は高い。長い歴史の中でドイツと日本のかかわりは深く、日本人からも学びやすい言葉だと言えるだろう。


    ①意外とある「日本語になったドイツ語」

    ドイツ語から借用され日本語になった言葉は多く、知らずのうちに使っていることがあるだろう。「医療の道を志す人たちはドイツ語を勉強する」という通例もあるが、医学系用語の多くはドイツ語からの借用が非常に多い。「カルテ(Karte: “カード”の意)」「ガーゼ(Gaze)」「ギプス(Gips)」などはその代表例である。登山系の用語もドイツ語から来ているものが多く、「ヒュッテ(Hütte: 山小屋)」「リュックサック(Rucksack)」などは日本語として広く使われている。このほかにも「アルバイト(Arbeit: “労働”の意)」「グミ(Gummi)」などが挙げられ、周りのあらゆるところにドイツ語が使われていることを実感していただけるだろう。

    (“SAKURA HOUSE“というドイツ人向けの東京お部屋探しサイト上にあるブログにて、日本語になったドイツ語についてさらに詳しく紹介されていた。詳細はこちらをクリック。)


    ②ドイツ語の「発音」は簡単?

    外国語はとにかく発音が難しい…そう思っている方も、ドイツ語なら簡単に挑戦できるかもしれない。英語の様な巻き舌はあまりなく、日本人が得意な「口をはっきりと動かすローマ字読み」を活かせる場合が多い。

    例)Tee(お茶):「テー」

    Haus(家):「ハウス」

    Kaffee(コーヒー):「カフェ―」

     

    その一方で、ドイツ語には「ウムラウト(Umlaut)」「エスツェット(ß)」という特殊文字があることも覚えておきたい。

    ウムラウトは、既存のアルファベットの上部につく2つの点のことで、「ä」「ü」「ö」が存在する。これらは点のないときの「ア」「ウ」「オ」とは少し発音が異なるので要注意だ。これに加え「ß」を加えた4つは、キーボードをドイツ語入力にした場合入力できるが、既存のアルファベットで代用する事もできる。

    「ä」=ae  / 「ü」=ue / 「ö」=oe 「ß」=ss

    また、ドイツのキーボード配列は以下のようになっている。

    ドイツで使用されるキーボード配列 (Wikipedia 「QWERTZ配列」より加筆修正)

    ③英語とドイツ語は似ている?

    ドイツ語は英語に比べ、力強い発音と独特な文章の波がある。しかしながら、ひとつひとつの単語に注目してみると英語とかなり似ている部分も多く存在する。言語学的にドイツと英語は同じ「インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派」というカテゴリーに属しており、片方の言語スキルや背景知識がもう片方の語学習得に役立つ、といったケースもあるようだ。「英語がドイツ語に似ている」部分も勿論あるが、ドイツ語を学習していると「ドイツ語が英語に似ている」場面を多く目にする。ドイツ語と英語の類似性、相違点などについて取り上げた動画なども数多くあるので、参考にしてみてはいかがだろうか。

     

  • 新シリーズ『ドイツ語から学ぶベルリン不動産』をはじめます

    新シリーズ『ドイツ語から学ぶベルリン不動産』をはじめます

    ウィンドゲートのセミナーやお客様との会話を通し、「ベルリン不動産に興味がある!でもドイツ語ができないから不安…」「ドイツ語の不動産用語が分からない…」etc…このようなお声を何度か頂戴いたしました。弊社は万全のサポートでお客様のベルリン不動産投資をサポートしておりますので、ドイツ語ができなくても全く問題ございません。

    これに対し、「せっかくベルリンに不動産を持つなら、ドイツの不動産事情や社会背景・住まいの文化を知っておきたい!」そんなお客様の声があるのも然りです。そこで、弊社ブログにて新シリーズ「ドイツ語から学ぶベルリン不動産」をはじめます。ベルリン不動産の魅力をより多くのお客様へお伝えできるように、また、ベルリンやドイツ語の学習に興味を持つすべてのみなさまに不動産という観点から新たな学びをご提供できるように、これから更新していきたいと考えています。

    「ベルリン不動産のこんなところについて質問したい」「これってドイツ(ドイツ語)ではどうなってるの?」そんな疑問がございましたら、ぜひコメントをお待ちしております!

  • マラソンの街ベルリン

    マラソンの街ベルリン

    4月も半ばとなり、日中もあたたかな日差しが降り注ぐようになった。いよいよ春。この時期になると、多くのスポーツ愛好家たちが外で活動しはじめる。冬の間に錆びてしまった身体をリフレッシュさせるべく、この春からは何か運動を始めると心に決めた人も多いであろう。

    日本より少し遅れて、ベルリンにも春がやってきたようだ。と同時に、マラソンの話題があちこちで出始めている。日本でも競技人口が多く、駅伝なども相まってひとつの文化としても定着しているマラソン。有名選手などが海外の試合に出かけていくのはニュースで見るが、あれは実際どこへ行っているのだろう…?海外のマラソン大会事情を知る人は意外に少ない。


    ベルリンのマラソン事情①ベルリンマラソン・ベルリンハーフマラソン

    ヨーロッパでも有数の大会規模を誇る「ベルリンマラソン」は、毎年9月に開催され、ドイツ国内外から多くのランナーたちが集まる。世界トップクラスの選手から市民ランナーまで参加できる間口の広い大会で、日本からのランナーも多い。特に、女子の大会記録にあたっては2005年に野口みずき選手が出した記録が未だ破られておらず、日本人との相性も高い大会と言えるだろう。

    平坦で広々としたコース

    もともとフラットな地形のドイツは、まさにマラソンにうってつけの場所であり、好タイムが期待できる。広い道路を走りながらも、沿道の応援の熱気を間近で感じる事のできる素晴らしいコースだ。そして、何よりも42.195kmのなかにベルリンのあらゆる街の歴史がつまっており、ランナーたちを様々な表情で出迎えてくれる。コースは旧東ベルリン・西ベルリンエリアを縦横無尽に設定されており、ベルリンテレビ塔やカイザーヴィルヘルム教会、ポツダマープラッツなど、ベルリンの歴史を語るうえで外せない有名スポットを駆け抜けることができる。ゴール直前にくぐるブランデンブルク門は、ベルリンの歴史を旅したランナーたちを優しく出迎えてくれる。42.195kmの全貌は、この動画が分かりやすく解説しておりオススメ。

    (”3D Visualization BMW BERLIN-MARATHON” by HERE technologies

    多様なマラソンのカタチ

    一般のマラソンだけでなく、車いす(wheelchair athletes)やハンドバイク(ハンドサイクル:hand cyclists)部門のマラソンも同時開催されている。また、大会前は”Race week”と称し、ベルリンマラソンに関連した様々なイベントがベルリンのあちこちで企画されており、当日走るランナー以外の人々もマラソンに沸くベルリンの街を楽しむことができる。写真は2016年大会のハンドバイク部門の様子。圧倒的なスピード感が沿道の観客たちを賑わせる。

    ベルリンハーフマラソン

    テレビ塔も、動物園も、大学も、すべてが鏡合わせの如く2つ存在するベルリンでは、マラソン大会も2つ。ベルリンマラソンと並んで有名なのが、ベルリンハーフマラソンだ。何もかもが双子のように存在するのは、かつてベルリンが東と西で別々の都市だったからであろう。ベルリンハーフマラソンは毎年4月に開催。2018年4月7日に開催された。


    ベルリンのマラソン事情②おすすめのランニングスポット

    緑が多く、ゆったりと走れる公園も多いベルリンはランニングにぴったりの街。市内中心部を颯爽と駆け抜けるもよし。郊外部の湖畔を休み休み走るのもよし。冬の寒さは厳しいが、夏の軽やかな天気はスポーツマン心をくすぐる。

    ①Park am Gleisdreieck 

    Park am Gleisdreieck 全体図 (ベルリン市公式HPより)
    Park am Gleisdreieck 全体図 (ベルリン市公式HPより)

    ベルリンの中心部にあり、電車からも見えるこの公園はベルリン在住者・観光客問わず広く人々に知られている。美しく整備された公園は周りをぐるっと道路が舗装されており、ここを周回コースとしているランナーを多く見かける。ベルリン中心部の都会的な雰囲気を味わいながら走ることができる見晴らしの良いスポットだ。

    ②Tempelhofer Feld 

    Tempelhofer Feldの様子(ベルリン市公式HPより)
    Tempelhofer Feldの様子(ベルリン市公式HPより)

    ちょっと変わったランニングを楽しみたいのならTempelhofer Feldはうってつけの場所。なぜならば、ここは旧テンペルホーフ空港であり、滑走路を堂々と走れるからだ。この広々とした道路はサイクリストやローラースケーターにも人気で、休日ともなれば多くの人で賑わう。周りの芝生エリアではピクニックや日光浴を楽しむ人々の姿が目立ち、まさにベルリンの自由が体現された場所とも言える。

  • 【セミナー開催報告】ベルリン不動産がいま熱い!ベルリン不動産投資・移住セミナー

    【セミナー開催報告】ベルリン不動産がいま熱い!ベルリン不動産投資・移住セミナー

    開催概要

    セミナータイトル:ベルリン不動産がいま熱い!ベルリン不動産投資・移住セミナー

    セミナーの様子
    セミナーの様子

     

    日時:2018年3月28日 (水) 19:00-21:00

    場所:株式会社ウィンドゲート (東京都渋谷区渋谷1-9-1)

    内容:

    ご挨拶◆会社事業、スタッフ陣紹介
    第1部◆ベルリン不動産の魅力 (株式会社ウィンドゲート・WINDGATE GERMANY 講演)
    第2部◆不動産購入者によるゲストスピーチ
    第3部◆座談会、フリートーク

    講師紹介:

    【尾嵜豪■株式会社ウィンドゲート代表取締役】

    明治大学政治経済学部卒業。大手ゼネコンでの勤務・経験を経て、業界最大手の芸能事務所にて不動産売買・賃貸・管理・コンサルティングの総責任者として、すべてを取り仕切る。独立後、株式会社ウィンドゲートを設立し、代表取締役に就任。ドイツの不動産の第一人者として多くのセミナーやフェアに登壇している。著書に『先進国不動産投資の本命登場 ドイツ・ベルリン』などがある。公認不動産コンサルティングマスター、宅地建物取引士、ビル経営管理士、ファイナンシャルプランナー。

    【ベンジャミン・グロース■WINDGATE GERMANY代表】

    ベルリン生まれ。 John-F.-Kennedy International HighSchool。ロンドンのUNL大学卒業後、不動産業界にてライフスタイル・プランニング、不動産調査、インテリアデザイン等の業務に従事。 2011年より、株式会社ウィンドゲート取締役副社長、ドイツ・ベルリン支店長として不動産売買、投資アドバイス、仲介等に携わる。 日本滞在経験は10年以上で、ドイツ語に加えて日本語、英語もネイティブレベルで会話可能。また、ドイツでの豊富な業務経験に加え、最新の物件情報にも精通。


    【第1部】ベルリン不動産の魅力 (株式会社ウィンドゲート・WINDGATE GERMANY 講演)

    この日は多くのお客様が「ベルリン」「ドイツ」「不動産投資」「移住」など様々なキーワードから本セミナーにご興味をお持ちいただき、会場まで足を運んでくださいました。「国内で不動産投資をしているけど、海外の事例はよく分からない…」「ベルリンってすごく素敵な街だと聞いたけど、実際にどんなところが魅力なんだろう?」そんな疑問にお答えするために、ベルリンの基本情報から海外不動産投資を取り巻く今日の環境、ベルリン不動産の魅力まで幅広くお話しさせていただきました。この日はベルリンからWINDGATE GERMANY代表のベンジャミン・グロースおよび現地スタッフの山本も来日し、ベルリンの今を最前線の現場からお伝えいたしました。日々刻々と進化を遂げるベルリン、しかしながら日本においてその状況は意外と知られていないもの。「いま、ベルリン不動産が熱い!」このメッセージを伝えるべく、以下5つのポイントをお話しさせていただきました。

    ①【安定した経済と美しい街並み】

    ヨーロッパ経済の盟主であり、先進国でも最も安定した経済のドイツの首都ベルリン。アルトバウの重厚なつくりと歴史を感じる街並みが魅力です。

    ②【キャピタルゲインのチャンス】

    歴史的背景から地価がまだ低く、高い経済成長によるキャピタルゲインの大きなチャンス。ウィンドゲートでは立地が良く地価上昇が期待できるベルリンの物件を中心に紹介しています。

    ③【安心の不動産投資先】

    ドイツは公信力があり安全な登記制度、高い断熱性能の建物や重厚で階高の高い内装の水準の高さ、勤勉な国民性、賃貸比率が高くとても低い空室率など、日本人が安心して購入できる不動産投資先といえます。

    ④【低い経年リスク】

    ドイツは建物の経年による価値下落リスクがなく、歴史ある中古物件の購入も魅力的です。

    ⑤【節税を通したメリット】

    今後数期にわたって税金を圧縮したい経営者や、高額所得サラリーマンにもメリットの大きい投資が可能です。
    – 築年数の古い石造りのアルトバウという物件が多く、7年間で減価償却を利用することが可能。事業者や法人は税の繰り延べ、個人の高収入給与所得者は節税が可能になります。

    ウィンドゲートは現地にオフィスがあり、日本人スタッフが駐在しております。安心の貸主代行業務で万全のサポートをご提供いたします。


    【第2部】不動産購入者によるゲストスピーチ

    第2部では、実際にウィンドゲートにご相談を頂き、ベルリンの不動産を購入されたお客様によるゲストスピーチが行われました。(2018年1月10日に開催したセミナーにお越しくださったベルリン在住のwasabiさんが、以前このお客様へのインタビュー記事をまとめてくださいました。そちらも併せてご覧ください。)

    まだまだ知られていないベルリンの不動産事情、実際に購入に至った経緯やベルリンという街との出会いについて、他のお客様からのご質問にもお答えいただきながらお話をいただきました。今回は日本のウィンドゲート、ベルリンのWINDGATE GERMANY、そして購入されたお客様という三者が揃っておりましたので、具体的な購入の流れやその後の諸手続きの流れなど細部までお話が広がっていきました。


    【次回セミナーのご案内】

    みなさまのお越しを心よりお待ちしております。

    ①ドイツ・ベルリン不動産の魅力!ミニ無料セミナー開催(4/24, 5/16, 5/28, 6/14)

    ウィンドゲート・ドイツ不動産新企画としまして、テーマ別ミニセミナーを開催します。もちろん概要や魅力・物件情報も毎回織込んでいますので、1回だけの参加も大丈夫です。是非、お気軽にお越しください!

    ★★★ご予約はこちらから★★★

    ■開催日時および内容■
    第1回:2018年4月24日(火)19:00~19:45(キャピタルゲインの魅力)
    第2回:2018年5月16日(水)19:00~19:45(減価償却&相続税対策)
    第3回:2018年5月28日(月)19:00~19:45(ベルリンの都市としての魅力)
    第4回:2018年6月14日(木)19:00~19:45(ウィンドゲートおすすめ物件)

    ■会場・連絡先■

    株式会社ウィンドゲート本社内 セミナー会場 (18:45より受付開始)
    東京都渋谷区渋谷1-9-1渋谷ビジネス会館1階
    TEL:03-6418-6666

    ■講師■

    尾嵜豪 株式会社ウィンドゲート代表取締役


    ②大阪初開催!「先進国不動産投資の時代・ベルリン不動産」の魅力

    ついに大阪で初開催!ドイツ・ベルリン不動産投資&移住セミナー。ドイツ不動産のウィンドゲートがベルリン不動産の魅力と投資不動産・居住用不動産を紹介します。

    ★★★ご予約はこちらから★★★

    ■開催日時および内容■

    2018年6月22日(金)15:15~16:30

    ■会場・連絡先■

    アットビジネスセンター大阪梅田(西梅田MIDビル)
    大阪市北区曽根崎新地2-2-16 西梅田MIDビル706号室

    「西梅田」駅,「北新地」駅 徒歩1分、大阪駅徒歩6分

    TEL:03-6418-6666 (株式会社ウィンドゲート本社(東京)電話番号)※会場への直接のお問い合わせはご遠慮ください

    ■講師■
    尾嵜豪 株式会社ウィンドゲート代表取締役

     

  • 不法占拠からみるベルリンの歴史

    不法占拠からみるベルリンの歴史

    近現代世界史における中心的な舞台となってきたベルリン、その歴史を語っていくうえで多くの人が「ベルリンの壁」や「東西冷戦」「第一次・二次世界大戦」といったキーワードを頭に浮かべるだろう。このような大きなトピックに付随して、「不法占拠」という歴史があることをご存じだろうか。

    【背景①】ベルリンの戦災復興と住宅

    弊社ブログで何度もお伝えしてきたように、ベルリンは20世紀に5度の国家体制崩壊を経験するなど、度重なる革命と戦争による激しい破壊・更新を繰り返してきた街だ。この歴史のなかで人口の増減も激しく、ベルリンを取り巻く住宅事情は都市計画の主眼であった。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ベルリンで投機的に建設された賃貸兵舎 (Mietskaserne)は当時の都市住宅問題の元凶と言われており、道路全面の住棟だけでなく、奥行きの深い敷地にあって、中庭を食いつぶすように裏屋・バラック(Hinterhaus)が建設されていったため、高密度で不衛生な環境となっていた。

    賃貸兵舎(Mietskaserne)建設の様子(徐々に中庭(Hof)が小さくなっているのがわかる) 出典:Auguststrasse より
    賃貸兵舎(Mietskaserne)室内の様子 出典:Augststrasseより

    第二次世界大戦後、ベルリンは西と東2つの勢力による別々の都市復興計画がなされていった。西ベルリンでは、住宅事情の改善を目指す社会運動と近代建築の運動が相まって、1987年には国際建築展 (IBA)などの動きがおこり、緑地とオープンスペースのデザインが重視される一方で、東ベルリンでは体制誇示的で無機質な高層の社会主義住宅が建設されていった。

    【背景②】東西分裂・統一と不法占拠

    老朽化し低廉化した賃貸兵舎は、西ベルリンのインナーシティーにおいて、芸術家、社会・政治運動家、パンク、アナキストなどのアウトサイダーを招き寄せる場となり、東ベルリンにおいては国家体制に反発する運動の拠点となった。東西統一後は、ベルリン全体で空き家・空き地を占拠するスクウォッティングが最盛期に突入し、開発や投機に対する反発があちこちで起こった放っておけば行政や大規模な資本による開発が行われるベルリンにおいて、このような反発は、自由な都市空間を獲得しようとする人々の熱意が現れたものであった。結果このような不法占拠は一部是正されたものもあるが、街の価値を長期的に高めるものとして政府・行政が追認したものも多くあり、この動きは“合法的不法占拠”と名付けられるまでになった。


    不法占拠に対する社会的関心

    不法占拠の歴史的経緯、活動に対するドイツやベルリンの社会的理解・関心は深く、不法占拠という言わば”文化”とも認識されている行為の歴史を記録・保存するムーブメントの潮流が存在する。その一例として、”BERLIN BESETZT“というWebサイトをご紹介したい。

    このWebサイトではベルリンで起こった(または現在進行形で起こっている)不法占拠の過程を時系列に地図上へプロットしている。

    BERLIN BESETZT“の概観

    下のアンダーバーを動かすことにより、どの時代にどこで不法占拠が行われていたかを視覚的に分かりやすく見ることができる。ひとつひとつの建物をクリックすると詳細な住所と不法占拠された年が分かり、史料が残っていれば当時不法占拠にあたり配布されていたチラシなどを閲覧することができる。

    プレンツラウアー地区のシェーンハウザー通り20/21番地の不法占拠にて配られていたチラシ

    以上のことから、不法占拠という行為がベルリンの街に影響をもたらし、歴史を形作っていることがお分かりいただけただろう。一般的な感覚からすれば、ネガティブなイメージが大きい不法占拠。しかしながら、ベルリンにおける賃貸兵舎を中心とした不法占拠は、自由な都市空間を求めるベルリンの人々によるインフォーマルな復興の象徴であったとも言えるだろう。「合法的不法占拠」という現在の解釈に落とし込めば、民間主導・行政追従(支援)というベルリンの歴史の文脈にある「勝ち取る文化」が垣間見えてくる。

  • 物件価値が上昇し続けるベルリン

    物件価値が上昇し続けるベルリン

    <弊社ご紹介の物件事例1>

    2014年にベルリン Prenzlauer Bergの物件を購入

    ・建物は1950年代の中古物件、レンガ造りのアパート1室
    ・物件購入単価は€1,508/㎡
    ・⇒2018年3月時点売却予想価格は⇒@€3,600/㎡

    上記のように、約2.3倍の価格となっています。

    もちろん、特にこのエリアの上昇率が高かったこともありますが、ミッテの平均でも2014年から2017年で約35%の物件購入取得単価上昇となっています。
    これでも、ロンドン・パリ・ミュンヘンより平均地価の低いベルリンは、人口の今後の伸びを考慮すると、まだまだ上昇することが予想されています。

    減価償却も7年で、土地:建物比率が平均で30:70もあり、税金対策にも有効です。(相続税対策にもなります)

    そんな、ベルリン不動産はまだまだお勧めですね。

    <セミナー情報>

    ドイツ・ベルリン不動産の魅力!ミニセミナー(東京・渋谷)
    (1回だけの参加も大丈夫です)

    第1回:2018年4月24日(火)19:00~19:45(キャピタルゲインの魅力)
    第2回:2018年5月16日(水)19:00~19:45(減価償却&相続税対策)
    第3回:2018年5月28日(月)19:00~19:45(ベルリンの都市としての魅力)
    第4回:2018年6月14日(木)19:00~19:45(ウィンドゲートおすすめ物件)
    会場:株式会社ウィンドゲート本社内 セミナー会場 18:45受付
    住所:東京都渋谷区渋谷1-9-1渋谷ビジネス会館1階

    ドイツ・ベルリン不動産の魅力!大阪初開催セミナー(大阪・梅田)
    日時:2018年6月22日(金)15:15~16:30
    会場:アットビジネスセンター大阪梅田(西梅田MIDビル)
    住所:大阪市北区曽根崎新地2-2-16 西梅田MIDビル706号室

  • 【ドイツ語を学ぶみなさんへ】ゲーテ・ドイツ語検定試験B2デジタル版のテスト試験

    【ドイツ語を学ぶみなさんへ】ゲーテ・ドイツ語検定試験B2デジタル版のテスト試験

    ドイツ政府の外郭団体であるGoethe Institut(ゲーテ・インスティテュート)が4/10,11の2日間、ゲーテ・ドイツ語検定試験B2デジタル版のテスト試験を日本で行うそうだ。このテストは正式な試験結果とはみなされないが、いくつか特典があるようだ。

    詳細についてはこちらから確認を。

  • ベルリン不動産購入者へのインタビュー【記事紹介】

    ベルリン不動産購入者へのインタビュー【記事紹介】

    2018年1月10日(水)に開催された「~ベルリン・その街の魅力~人気ブロガーwasabiさんをお招きしてのベルリン不動産セミナー」はたくさんのお客様にご来場いただきました。(当日の様子をまとめたブログ記事はこちらからご覧いただけます)

    この日は、実際にベルリン不動産を購入されたお二方へのインタビューがwasabiさんにより行われました。
    インタビューにお答えいただいたのは教育関連にお勤めのAさんと、メーカー会社員のKさん
    「ベルリンの不動産ってどんな人が買うの?」「なぜベルリンの不動産に決めたの?」「手続きはどんな感じ?」そんな疑問にお二人が丁寧に答えてくださっています。
    まだまだ日本では認知度の低いベルリン。「不動産」という観点から魅力を探ってみてはいかがでしょうか。

    インタビューの様子はwasabiさんのHPからご覧いただけます。

    ↓↓↓↓↓↓↓↓↓

    WSBI『注目を集めるベルリン不動産|実際の購入者へインタビューしてみた

    ちなみに、次のセミナーではインタビューを受けたKさんのドイツ不動産購入体験記が聞けます。

    なんと4年前に購入した物件の価格相場が〇倍に!!凄い勢いで上昇していることがわかります。


    次回セミナーのお知らせ

    ウィンドゲート・ジャーマニー | ベルリン不動産について気になる方は是非お越しください。

    <「先進国不動産投資の時代・ベルリン不動産」の魅力・ベルリン不動産購入者の本音が聞ける貴重なセミナー>

    <セミナー内容>

    ドイツ・ベルリン不動産の魅力!ベンジャミン・グロース来日講演!
    ベルリン不動産購入者との座談会・セミナー後の懇親会もあり。

    日程:2018年3月28日(水)19:00~21:00
    会場:株式会社ウィンドゲート本社内 セミナー会場
    住所:東京都渋谷区渋谷1-9-1渋谷ビジネス会館1階
    TEL:03-6418-6666

  • ドイツ版流行語大賞で2017年を振り返る

    ドイツ版流行語大賞で2017年を振り返る

    毎年年末に発表される「流行語大賞」を楽しみにしている人は多いのではないか。1年間に生まれたたくさんの言葉のなかから、”軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた” 新語・流行語が毎年選ばれる。2017年は「インスタ映え」と「忖度(そんたく)」が年間大賞を受賞したことは記憶に新しい。(参考: 「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン新語・流行語大賞

    ドイツでも日本と同じく “Das Wort des Jahres (今年の言葉)”が発表され、多くの人が1年間の社会の動きを振り返っている。ドイツ版流行語大賞はドイツ語協会 (GfdS: Gesellschaft für deutsche Sprache)が毎年発表しているもので、1971年からドイツの世相を追い続けてきた。今回は2017年ドイツにおける「今年の言葉」TOP3を紹介したい。

    ドイツ流行語大賞 (Das Wort des Jahres) 2017

    【第3位】 “#MeToo (私も)”

    今や世界的ムーブメントとなっている”#MeToo”。セクシャルハラスメントの被害者たちが団結し「私も」と声を挙げる際、SNSでのハッシュタグとして利用されている。有名ハリウッドプロデューサーによるハラスメントが女優・歌手などの告発から明るみになり、同じように性的被害に苦しむ世界中の女性たちの間で広まっていった。これはドイツ国内でも大きな議論を呼び、今や超多文化社会になりつつあるドイツで誰もが平等な権利を得られること、性別や年齢で差別されないことの「当たり前」について再度確認がなされた。

    【第2位】”Ehe für Alle (すべての人のための結婚)”

    2017年6月30日、ドイツにおいて同性結婚の合法化が議会で可決されたことがこの言葉を生み出した。同性結婚やLGBTのムーブメントも今や世界的なものとなっており、最近では11月15日にオーストラリアで同性結婚の是非を問う国民投票において賛成が反対を大きく上回ったというニュースも記憶に新しい。ドイツの首都ベルリンは世界の中でもLGBTカルチャーが根強く、毎年夏には大規模なゲイパレード、通称 “Christopher Street Day” が行われている。今回の合法化が決まってみれば、いわば当たり前の結果だったと言えるだろう。この合法化を巡りすべての人に「人生の生き様」が問われ、ドイツ国内では改めて生きることや自由・愛について見つめ直す機会となった。ベルリン市では早速「全ての人のための結婚に関する情報」と題したページを設けている。

    Ehe für Alle デモの様子
    ベルリン・ブランデンブルク州レズビアン・ゲイ協会によるベルリン市内行進の様子(2017年7月1日):協会HPより引用

     

    【第1位】”Jamaika-Aus (ジャマイカの終わり)”

    この言葉を見て「どういう意味だ?」「ジャマイカとどんな関係があるのだろう?」と思った人が多いだろう。この言葉はジャマイカと関係がある訳ではなく、ジャマイカの国旗の「色」に起因する。

    2017年9月24日に行われたドイツ連邦議会選挙のニュースは日本でも大きく報道された(参考:NHK NEWS WEB 『ドイツ連邦議会選挙2017』)。この選挙では、欧州全体でも話題となっている難民関連の問題や環境政策が大きな争点となっており、右派政党が大きく躍進した。メルケル首相が率いるキリスト教・民主社会同盟(CDU、イメージカラー:黒)はなんとか第一党の座を獲得したが、議席の半数を得るまでには至らなかった。そこで、自由民主党(FDP、イメージカラー:黄)と緑の党(Grünen、イメージカラー:緑)との連立政権を試みたか、11月にFDPがここから離脱。「黒・黄・緑」の連立がジャマイカの国旗の様だったが、連立政権は失敗に終わったのである。

     

    刻一刻と変化する世界情勢。そのなかでドイツも大きな選択を迫られている。特に、これまでの歴史がそうであったように、ベルリンはこれからも世界史における重要な舞台となりそうだ。

     

  • ドイツのサマータイムと人々の暮らし

    ドイツのサマータイムと人々の暮らし

    冬の厳しい寒さもピークが過ぎ、日中は暖かな日差しのなかで春の気配を感じられるようになってきた。日本ではこれから出会いと別れの季節「春」が始まるが、ドイツでは早速3月下旬からサマータイムが始まる。

    ベルリンで便利な周遊バス

     

    サマータイムとは

    日本にはない習慣、サマータイム。そもそもはどのような制度なのだろうか。

    環境省・経済産業省の資料によると、サマータイムは以下の様に説明されている。

    サマータイムは夏時間制度とも呼ばれ、昼間の明るい時間が長い期間(例えば4月~10月)、全国の時刻を標準
    時より1時間進める制度。この制度を導入することにより、起床・就寝時間、労働時間もこれまでどおりでありながら、明るい夕方の時間が1時間増えるためその時間を有効に活用できる。第1次大戦時から、イギリス等の欧米諸国で導入され始め、現在、世界の中高緯度諸国において導入されている。その総数は、70カ国以上で、OECD加盟29カ国中、日本、韓国、アイスランド(白夜になるため、サマータイムを導入する必要がない)以外の全ての国において実施されている。実施していないのは主として赤道直下のアジア、アフリカの諸国であり、日照時間の変化が少ないことが理由と考えられる。

    「サマータイム」という名前から、夏の一部期間での導入というイメージを持ちがちだが、ドイツにおける実際の導入期間は3月下旬から10月下旬までの約7か月とかなり長い期間だ。つまり1年の半分以上がサマータイムなのである。長い日照時間とサマータイムのもと、人々はどのような暮らしを送っているのだろうか?


    切り替えの瞬間に注意

    サマータイム導入の日は時計が1時間早く進むため、1時間早く行動しなければならない。携帯電話などの時計は自動的にサマータイムへ切り替えられるが、文字盤形式の腕時計などを見ながら行動してしまうとうっかり時間を誤ることがある。飛行機でこの日をまたいで移動している場合や、この日に誰かと待ち合わせしている場合は注意が必要だ。これに対し、サマータイム終了の日は時計が1時間戻る形になるため、朝は1時間多く眠ることができ、得したような気分だ。長年サマータイム制度のある国で生活していても混乱する場合があるため、ドイツを例にとるとこのようなホームページで動画付きの丁寧な説明がなされている。

    2018年のサマータイム開始・終了についての説明
    2018年のサマータイム開始・終了についての説明

    サマータイム中の生活

    長い日照時間の恩恵を受け、仕事が終わってもまだ外が明るい日が続くドイツ。夜遅くまで外のテラス席では夏の「明るい夜」を楽しむ人が多いようだ。大都市でありながら自然も豊かなベルリンでは、公園や湖で外の時間を過ごすのも気持ちがいい。日が昇っている時間の人間の活動時間が増えるという事は、経済的な効果も大きい。それはひとえにお金を使うということだけではなく、電気などのエネルギー消費量を抑えられるという意味でもある。真冬はお昼過ぎから暗くなり始めるため、その代わりに日照時間の長いこの期間を思い切り楽しもうという人々の熱意は並大抵のものではない。

    これに対し、サマータイムの生物学的な弊害も指摘されている。1時間とは言え、切り替えの当日は言わば「時差ボケ」のような状態に陥る。精神的にも肉体的にも混乱が生じ、ストレスが生じることにより労働に支障が出ることも指摘されている。また、人間だけでなく動物にも影響はあり、エサの提供時間の変化等により牛がストレスを受け、牛乳の生産量が低下するといったこともあるようだ。

    (参考情報:動画 ”Was bringt die Sommerzeit?|Gut zu wissen”)


    サマータイムという”文化”

    日照時間は季節感を感じる世界共通の指標だが、これにサマータイムという制度が加わることで、高緯度圏独自の「文化」が形成されていると言える。自然と共生し日々を有意義に過ごそうと生まれたこのシステム、日本人には馴染みがないかもしれないが、そこから生まれるライフスタイルには学ぶものも多いだろう。

  • 映画とベルリン・ポツダムのつながり「ベルリン国際映画祭」と「バーベルスベルク映画製作所」

    映画とベルリン・ポツダムのつながり「ベルリン国際映画祭」と「バーベルスベルク映画製作所」

    ベルリン国際映画祭が開催

    「2018年ベルリン国際映画祭」ポスター(公式Twitterより)

    2/15~25の10日間、世界三大映画祭のひとつである「ベルリン国際映画祭(Berlinale)」が開催された。エキサイティングでコスモポリタンな文化の中心地であるベルリン、その抜群な多様性のセンスはベルリンを「映画の街」としても特徴づける。公式HPによると、ベルリン国際映画祭でのチケット売り上げ枚数は33.4万枚を超え、127の国と地域から約21,000人の映画関係者、約3,700名の報道陣が集まるそう。期間中は世界中から集まった約400本の映画が紹介されていく。「文化・アートのメッカ、ベルリン」のパワーが映画を通し世界中に共鳴する10日間、日本にもその熱気は伝わってきている。


    映画とベルリンの関係性は?

    なぜこのように映画とベルリンが深い関係にあるのだろうか?その理由は、「黄金の20年代」と呼ばれる1920年代の文化開花にまでさかのぼる。

    1918年、ドイツ帝国の降伏をもって第一次世界大戦が幕を閉じた。これと同時に「ヴァイマール共和国(ドイツ共和国)」が誕生し、ベルリンでも新しい都市の姿が模索されるようになった。これを受け1920年「新しい都市自治体ベルリンの創設に関する法律」が発効され、「大ベルリン(Groß Berlin)」が成立した。これによりベルリンは、全20区・面積約900㎢(ロサンゼルスに次ぐ当時世界第2位)、総人口380万人(ロンドン、ニューヨークに次ぐ当時世界第3位)を擁する近代的大都市となったのである。この勢いと戦後のインフレーションを受けながら、ベルリンは「黄金の20年代(Golden 20’s)」と呼ばれる文化開花時代を迎えた。

    この時代は、ベルリンの経済復興に目を付け各国から集まった富裕層・文化人・芸術家たちがメインアクターとなり、映画館・キャバレー・高級商業施設がベルリン西部のツォー駅(Zoologischer Garten)やクルフュステンダム通りに軒を連ねたのである。ベルリンの市域が広がり、フリードリヒ通り(Friedrich Straße)やウンテル・デン・リンデン(Unter den Linden)に続く中心地が必要とされていたため、ツォー駅およびクーダム付近は副都心としての役割も担いながら、対外的・閉鎖的な「田舎のベルリン」というイメージを一新させる拠点となった。こうして「黄金の20年代」は開放的な文化の結節点として、世界を牽引するベルリンを生み出していったのであるベルリン国際映画祭は1951年に始まったものだが、西と東という対立軸が存在し始めた時代の中で、黄金の20年代から育ってきた西側の文化や芸術を東側へ誇示していきたいというメッセージがあったのではないかと考えられる。


    ポツダムも映画と縁が深い

    Studio Babelsberg外観http://wikimapia.org/1191576/Studio-Babelsberg
    Studio Babelsberg正門

    ベルリンの隣に位置するポツダムも、映画との縁がある。バーベルスベルク(Barbelsberg))にある映画製作所はその最たる例だ。ベルリンが映画を「観る」ことの聖地なら、ポツダムは映画を「撮る」ことの聖地と言えるだろう。バーベルスベルクスタジオは1912年に設立された世界最古にして最大の映画撮影スタジオであり、またヨーロッパのサービスプロバイダーを牽引する立場として様々な映画・映像・広告制作などに取り組んでいる。今日までの映画史はこのスタジオの歴史であると言っても過言ではなく、ここから日々名作が誕生しているのである。


    文化・芸術産業が街にもたらすもの

    ベルリン・ポツダムは度重なる破壊と更新を繰り返した世界史の中心的な場所である。そのような背景から、このエリアには地方分権の進むドイツにおいて長い間中心産業が育ってこなかった。旧東ドイツに位置しており、旧西ドイツの「強い工業」的特性を持つ州に対し戦後は圧倒的な差をつけられていた。しかしながら、このような歴史を辿ってきたからこそ、現在は映画のような文化・芸術産業がしっかりと地に根を張り、豊かに葉を付けるための土壌が育ってきたと言えるのではないだろうか。ドイツ全体に産業構造転換が起こり、ドイツ国内の様々な都市で代替産業が模索されているが、例えばベルリンやポツダムほど映画産業が根付く場所はないだろう。映画を作り、観るまでの環境が整っているベルリンとポツダムにおける益々の協働が期待される。

  • 在ドイツ邦人向けのフリーペーパー ”News Digest”に資産運用の豆知識を掲載

    在ドイツ邦人向けのフリーペーパー ”News Digest”に資産運用の豆知識を掲載

    在ドイツ邦人向けのフリーペーパー ”News Digest”にドイツでの資産運用に関する記事が掲載されました。

    http://www.newsdigest.de/newsde/features/9117-vermoegensverwaltung.html

    ニュースダイジェスト記事ド

     

  • ベルリンと東京は似ている?

    ベルリンと東京は似ている?

    2018年2月5日は「ベルリンの壁が存在した日数」と「ベルリンの壁が崩壊してからの日数」が同じ10316日という大きな節目の日である。これについては以前ブログで『壁崩壊から28年、ベルリンは今』というタイトルのもと詳しく綴ってある。

    遠く離れたドイツと日本。しかしながら「ベルリン」と「東京」という都市にスポットを当ててみると、「姉妹都市」という文脈からその類似性が見えてくる。


    ベルリンと東京は「姉妹都市」である。

    ベルリン市と東京都は1994年から姉妹都市の関係にある。(参考:東京都政策企画局)

    姉妹友好都市関係樹立にともなう共同宣言
    姉妹友好都市関係樹立にともなう共同宣言

    【姉妹都市締結のあゆみ】

    ・1985年  ベルリン日独センター開館

    1994: 締結

    ・1999-2000年 「ドイツにおける日本年」900件の事業

    ・2005-2006年 「日本におけるドイツ年」1600件の事業

    ・2011年  日独交流150周年

    2014年  締結20周年


    姉妹都市とは (予備知識)

    豊田哲也氏『姉妹都市提携の変容と展望』(国際教養大学アジア地域研究連携機構研究紀要 (2), 9-22, 2016)によると、姉妹都市提携の概念については確立されたものが存在するわけではなく、姉妹都市提携の活動はヨーロッパと米国で展開された平和活動が起源になっているそうである。しかしながら、戦争体験が遠のくにつれてその目的が「文化・教育交流」や「経済連携」へとシフトしている。

    また、土田雅裕氏『姉妹都市交流事業の展開構造の分析』(都市計画論文集 (24), p403-408, 1989-11)によると、姉妹都市提携に至る過程(=”提携のモチーフ”)として、都市相互の「類似性」や既存の「関係性・つながり」などがあると指摘している。


     

    ベルリン-東京 姉妹都市締結のワケは?

    ベルリン-東京を結びつけるもの、それは「都市の歴史」とりわけ「戦後復興・戦災復興」である。

    共同宣言のなかには以下のような言葉があった。

    東京とベルリン、この両都市は、長い歴史のなかで多くの困難を克服しながら発展し、今やそれぞれの国の首都として、また世界の中心的な都市として、さらに大きく飛躍していこうとしている。

    2014年の提携20周年に寄せて、当時の東京都副知事である秋山俊行氏はベルリン日独センター広報誌において以下のようなコメントを残した。

    ベルリン市と東京都は、戦後、廃墟の中から復興と発展を遂げてきたという共通の歩みを持った都市です。

    また、東京で行われた提携20周年を記念したイベント『BERLIN x TOKYO デザイン、アート、カルチャー展〜新しいアイディアが生まれるすきま〜 』では以下のような紹介が行われていた。

    ベルリンはアーティスト、音楽家、オルタナティブな生き方を求める人の「遊び場」となり、廃墟を最大限活かした独特の進化をしてきました。東京は商業、デザイン、テクノロジーにおいて世界を牽引する大都市と成長しました。

    これまで何度かブログでもお伝えしてきたように、ベルリンは度重なる革命と戦争による激しい破壊・更新 を繰り返してきた都市である。20世紀に5度の国家体制崩壊という政治基盤の破壊・更新をはじめ、戦争による市街地の破壊・更新も著しかった(1945年、最後のベルリン守備隊が赤軍に降伏した際にはベルリンの中心部の約3分の2が破壊され、住宅地は約40パーセントが居住不可能な状態となった) 。また、東京も関東大震災や第二次世界大戦により大きな損傷を受けた都市である。当時東京は「帝都」とされていたが、日本全体を牽引するような力はなく、人々は東京の街で路頭に迷っていた。

    ベルリンと東京、この両都市において、破壊や更新の連続はただ単にネガティブなものではなく、いわば細胞の再生のように都市を生まれ変わらせていった。都市における傷を癒やそうとする力はマイナスをゼロにするだけでなく、プラスにまで到達するのである。ベルリンでは、破壊と更新の中で生まれた廃墟が貧しいながらも安価で暮らしやすい環境や創造力を発揮できる広大な空地となった。東京では、焦土の地で区画整理という手法が取り入れられたことにより、狭小の木造密集市街地からゆったりとした道路や公園が生まれた。また、どちらの都市も悲惨な歴史や体験を乗り越えたからこそ、人間の力や人々のつながりを非常に大切にしている。誰もが安全に、自由に暮らせる空間。活発なコミュニケーションの風土が豊かな芸術・思想・文化・伝統を生み出した。

    グローバル化が成熟し、少し世界が内向きになりつつある今、共通の歩みを辿ってきたという文脈のなかで生まれた姉妹都市「ベルリンと東京」は時代の転換期のなかで同じ使命を背負っているのかもしれない。佐藤智子氏・吉永馨氏『問題解決型姉妹都市交流 ―仙台市とリバーサイド市の事例研究―』(総合政策 = Journal of policy studies 18(1), 1-16, 2016-11)によると、姉妹都市を通しての問題解決型交流の可能性を指摘している。戦争体験から平和の尊さを深く理解しているベルリンと東京だからこそ、姉妹都市の絆と協働のパワーは大きい。経済・文化・教育交流だけではなく、これからの世界に待ち受ける様々な問題を、両都市が先陣を切って解決することが求められているのではないだろうか。

    <セミナー情報>

    2月27日(火)19:00~「ライプツィヒ不動産セミナー」

    場所:株式会社ウィンドゲート

  • 【セミナー開催報告】~ベルリン・その街の魅力~人気ブロガーwasabiさんをお迎えしてのベルリン不動産セミナー

    【セミナー開催報告】~ベルリン・その街の魅力~人気ブロガーwasabiさんをお迎えしてのベルリン不動産セミナー

    開催概要

    セミナータイトル:~ベルリン・その街の魅力~人気ブロガーwasabiさんをお迎えしてのベルリン不動産セミナー

    日時:2018年1月10日 (水) 19:00-

    場所:株式会社ウィンドゲート (東京都渋谷区渋谷1-9-1)

    内容:

    第1部 wasabiさん講演『変わりゆくベルリンの最前線 スタートアップ・アート・食』

    第2部 ウィンドゲート講演『ベルリンの最新不動産情報』

    第3部 交流会

    ゲスト紹介:wasabiさん(HP: http://wsbi.net/

    ドイツ・ベルリン在住のフリーランサー、ブロガー、翻訳家、メディアディレクター。大学を卒業後、新卒のフリーランスとしてドイツへ渡る。TED×Youth@Kobe 2016登壇。海外フリーランス養成スクールの運営やドイツ進出・移住サポートを手がけるなど幅広く活躍されている。


    第1部 wasabiさん講演『変わりゆくベルリンの最前線 スタートアップ・アート・食』

    第1部ではwasabiさんの自己紹介から始まり、「人が集まるスタートアップ都市ベルリン」「なぜベルリンに人が集まるのか」「国際化していく食と文化」というトピックを中心に講演が行われました。

    なぜベルリンに人が集まるのか?

    日本で「ドイツ」というとバイエルン州を中心とした南部のイメージが強く、「ベルリンの魅力が伝わっていない」とwasabiさん。新規ビジネスのスタート数ドイツNo.1、若者に魅力的な都市世界No.2という人気を誇るベルリンの魅力について現地での生活の様子を踏まえながらお話しくださいました。市民権を持たない外国人は14.1%と国際化が進むベルリンですが、世界中から人が集まる理由としてwasabiさんは以下のような「ベルリンの人が集まるエコシステム」の存在について言及されていました。

    ①安い家賃と生活費

    ②スモールビジネスに対する政府からの支援

    ③ヨーロッパの真ん中という立地

    ④歴史的背景から来る多様性に対するオープンさ

    ⑤あらゆるビザ取得の可能性が開かれている

    ⑥音楽など、文化的ハブとしての機能

    ベルリン成長へのヒント

    wasabiさんは今後のベルリン成長へのヒントとして、「サービスクオリティの安定化」と「アイデアを伸ばす中心産業と利用者のパワー」を挙げられました。地方分権が進むドイツにおいて、ベルリンは首都ながらも歴史的背景などから中心産業がないという現状でした。だからこそ、ベルリンではスタートアップやベンチャービジネスを支援する風土が根付き、IT産業によって街を盛り上げていこうという動きが強まっています。現在ベルリンはまさにその発展段階に位置していますが、生まれたアイデアを育てていく利用者や資本がうまく循環していくことでサービスの安定化が加速すると思われます。現在ベルリンに存在するジレンマや「ちょっと惜しい」という状況はまさに今後の伸びしろで、まさに今手が届きそうなところ。ベルリンはより良い街になるのではないでしょうか。

    ベルリンの”ヒップ”な食とその特徴

    食の国際化も急速に進むベルリン、ベルリナーたちの胃袋と心をつかむ豊かな食に今後も注目が集まります。まずwasabiさんが指摘したのは、ベルリンのカフェシーン。日本でいう「純喫茶」のような空間からNYスタイルのようなお洒落でオープンな空間が増えているそうで、その自由さがベルリンの魅力となっているようです(これに対し、ドイツ南部ではカフェやレストランでパソコンを広げるとあまりいい顔をしないそう…)。カフェだけでなく、Kreuzberg地区にあるフードマーケット ”Markt Halle Neun”やLichtenberg地区にあるベトナムマーケット “Dong Xuan Center” などを例に挙げながら、ベルリンの多様な食と文化の発信地をいくつかご紹介くださいました。

    Markthalle Neun : https://markthalleneun.de/

    Dong Xuan Center: http://www.dongxuan-berlin.de/de

    なかでも注目すべきなのが、ベジタリアン・ビーガンフード。どのレストランやカフェでもほぼ”ベジオプション”があり、ベジタリアンやビーガンだけでなくヘルシー志向のベルリナー達に大人気だそうです。特に旧東ベルリン地域はいわばリベラル・反宗教的な風土が現在も残っており、これがベジオプションを根強く支えています。食の多様化・国際化が進むベルリンですが、ただ単に各国の料理がそのまま輸入されているのではなく、“ベルリン流”にアレンジが加えられることで多くの人々に受け入れられています。文化が適度にミックスされ、それでいて適度に個性を保ち続ける。その絶妙なバランスがベルリンの”ヒップ”な食のキーワードかもしれません。


    第2部  ウィンドゲート講演『ベルリンの最新不動産情報』

    第2部では、ベルリンの不動産シーンを取り巻く最新情報についてウィンドゲートより講演をさせていただきました。時代は欧州先進国における大都市の成熟を迎え、そこに畳み掛けるようにして起こったブレグジット。ロンドンに代わる都市として、ドイツにおける経済の中心地であるフランクフルト、低い法人税のアムステルダムなどが注目されています。ベルリンもその一都市として注目されており、その所以はここ最近のベルリンの急成長にあるようです。ベルリンは経済の5%がIT産業に端を発しており、IT都市の基盤を築き始めているのです。アメリカのシリコンバレーをもじった”Silicon Berlin”という言葉も生まれ、「次のFacebookはベルリンから生まれる」と予測する専門家もいます。

    なぜいまベルリンがこのような成長を遂げているのか?その謎はベルリンの歴史にあります。度重なる戦争が大きな影を落としているベルリンは、人口の増加・減少を何度も何度も経験しています。このような状況のなかで主要産業というものは確立されず、ベルリンはドイツの首都でありながらもハード・ソフトの両面において大きな”空白”を残した場所となっていたのです。しかしこの歴史の蓄積はベルリンを観光都市たらしめる大きな要因となりました。(日本人はバイエルン州などと言った南ドイツが好きで、ベルリンが観光都市だということはあまり知られていませんね。)この余白が伸びしろとなり、IT産業を核とした今日におけるベルリンの成長を形作っているのではないでしょうか。

    この大きな追い風を受け、ベルリンの不動産もどんどん魅力的なものになっています。もともと日本とは異なり地震といった災害リスクが極端に少ないヨーロッパでは、スクラップアンドビルドのカルチャーが薄く、年数の経った建物も高く評価されます。例えば、第二次世界大戦以前に石造り・レンガ造りで建てられた「アルトバウ」は非常に頑丈な造りでありながら細部まで洗練されたデザインが施されており、ベルリンの歴史を構成していると言えます。また、ベルリンの空室率はわずか2%ほど。自由都市ベルリンでの生活や挑戦を求め、世界中から日々移住者が殺到しているのです。そんな新しい「ベルリナー」たちを巻き込みながら、ベルリンの街は非常にダイナミックな建築ブームに突入しています。他にも高い利回り、減価償却を用いた節税効果など……今後のベルリン不動産はチャンスに溢れています。ご興味のある方は、ぜひウィンドゲートへご相談ください。


    ご来場くださったみなさん、wasabiさん、ありがとうございました!


    次回セミナーのお知らせ

    セミナータイトル:ライプツィヒ不動産 投資・移住セミナー 高利回り・高成長都市の魅力

    日時:2018年2月27日 (火) 19:00-20:30

    場所:株式会社ウィンドゲート (東京都渋谷区渋谷1-9-1)
    TEL:03-6418-6666

    講師:尾嵜豪 株式会社ウィンドゲート代表取締役

    明治大学政治経済学部卒業。大手ゼネコンでの勤務・経験を経て、エンターテイメント企業にて不動産売買・賃貸・管理・コンサルティングの総責任者として、すべてを取り仕切る。独立後、株式会社ウィンドゲートを設立し、代表取締役に就任。都心の一流不動産のアドバイザーとして、芸能人・プロスポーツ選手・企業経営者などの富裕層を主な対象とする、不動産投資コンサルティングが好評を博している。又、ドイツの不動産の第一人者として多くのセミナーやフェアに登壇している。著書に『先進国不動産投資の本命登場 ドイツ・ベルリン』などがある。公認不動産コンサルティングマスター、宅地建物取引士、ビル経営管理士、ファイナンシャルプランナー。

    内容:

    <「50,000€~のライプツィヒ不動産」の魅力・ウィンドゲート自社開催セミナー> 旧東ドイツの古都ライプツィヒ。アルトバウの重厚なつくりと歴史を感じる街並み。 高い利回りとキャピタルゲインが両立できるエリアの物件を紹介するセミナーです。 ヨーロッパ経済の盟主である先進国ドイツ。公信力があり安全な登記制度、高い断熱性能の建物や重厚で階高の高い内装の水準の高さ、勤勉な国民性、賃貸比率が高くとても低い空室率など 日本人が安心して購入できる不動産投資先といえます。いつもご紹介しているベルリンは高い成長性とキャピタルゲインは期待できますが平均的な利回りは3〜4%ですが、 ライプツィヒでは利回りが5~7%という高利回りの投資向け物件が多数あります。 – 空室の心配がほとんどない。- 建物の経年による価値下落リスクもない。 また、今後数期にわたって所得税を圧縮したい経営者や高額所得サラリーマンにもメリットの大きい投資が可能です。 – 築年数の古い石造りのアルトバウという物件が多く、7年間で減価償却を利用することが可能。 さらに、取得価格が600~1000万円程度と比較的低く、手軽に参入できます。

  • 2018年、ベルリンの街はどう変わるのか

    2018年、ベルリンの街はどう変わるのか

    未だ街全体が大きな工事現場のようなベルリン、なかでも2018年はベルリンの街が大きく更新されるようだ。Berliner Zeitung紙は1月2日付の記事で2018年におけるベルリンの動向についてこのような文章から始めている。”Berlin bleibt in Bewegung. (ベルリンは動き続けている)”

     

    U5 (地下鉄5番線)

    ベルリン中心部の北東エリアを走るU5は、ヒップな若者が集まるフリードリヒスハイン地区から旧東ベルリン時代の集合住宅が立ち並ぶマルツァーン・ヘラースドルフ地区を結ぶ重要な地下鉄路線だ。1日あたり約8万人を運んでいるこのU5は、2018.01.08 – 2018.04.01の期間集中工事に入る。U5のユーザーは代替の交通手段を探さねばならない。U5のなかでも比較的都心部を走るエリアでは一部代替輸送が用意されているが、都心側の終点であるAlexander Platz (アレクサンダープラッツ)への直接の代替輸送はなく、旧東ベルリンエリアの交通の混乱が予想される。先に述べたように、U5は観光客にも人気が高いFriedrichshain (フリードリヒスハイン)エリアを走る重要な路線であり、今後観光でベルリンを訪れる人にも注意が必要だ。

     

    ベルリンの「空」の行く末は?

    弊社ブログにおいても何度か取り上げたベルリン・ブランデンブルク新国際空港 (Flughafen Berlin Brandenburg)。当初の開港は2011年であったが、何度もスケジュールが延期となり、現在は2019年または2021年開港という予定が組まれているようだ。2018年オープンの可能性は極めて低いが、今年も新空港の建設と同時に、ベルリンにおける”空(そら)の事情”に大きな注目が集まる。2017年は破産申請をしていたエア・ベルリンが10月27日をもってすべてのフライトを終え、ベルリンの”航空史”にひとつ大きなピリオドが打たれた。現在ベルリンにおける最も大きな空の玄関口であり、ベルリン・ブランデンブルク新国際空港の開港に伴い閉鎖予定のテーゲル空港では、2008年より空港跡地の活用について議論がなされており、現在は”The Urban Tech Republic”というプロジェクトが立ち上がっている。「工業の強い国ドイツ」という時代のフェーズを終え、人口減少に伴い新たな産業での立て直しを図るドイツでは、ベルリンを中心にIT産業の集積を図ろうと試みている。テーゲル空港は他の空港と比較して都市の中心部に位置しており、利便性においては高い評価を得ていたが、その代わりとして騒音(離着陸に伴うジェット音)が大きな問題となっていた。今後空港という機能から官民学連携の「テック・イノベーションパーク」という機能に変わることで、ベルリンの比較的中心部に大きな伸びしろが生まれ、周辺地域の地価や家賃も上昇していくであろう。2017年9月19日付のZeit紙では、”Tegel wird nie mehr Tegel sein (テーゲルはこれ以上テーゲルではない)”とした記事を発表しており、新空港関連の話題と併行してテーゲル空港閉鎖後の新しいテーゲル、そしてベルリンの形が問われている。

     

    2017年9月19日付 Zeit紙 ”Tegel wird nie mehr Tegel sein”:

    http://www.zeit.de/mobilitaet/2017-09/volksentscheid-berlin-flughafen-tegel-luftverkehrsrecht

     

    2018年の「ベルリンらしさ」とは何か

    ベルリンは”arm, aber sexy (貧しいけどセクシー)”という言葉で表現されることが多い。これは2003年、当時の市長であったKlaus Wowereit氏の言葉で、現在でもベルリンとベルリナーにこの言葉の精神は脈々と受け継がれている。しかしながら、東西統一から四半世紀を越えた今、そしてこれからもベルリンは「貧乏だけどセクシー」でありつづけられるのだろうか?

    ヨーロッパの中心という好立地でありながら、他の先進都市よりも遅れて発達したベルリンは、戦争や迫害といった時代の大きな傷を負いながらも、その「後発性」を武器に独自の進化を遂げてきた。ドイツ国内における東西の格差が是正され、物価や家賃の低さが現在は魅力となり、ベルリンは今やドイツ国内だけでなく世界中から人を集める「マグネット都市」である。ベルリンの復興・発展とともにベルリナーたちの挑戦が常にあり、近年はスタートアップ・ベンチャービジネスのメッカ、そしてアート・音楽といった文化の集積地としても名が知られるようになった。

    「アメリカファースト」を掲げるトランプ大統領の就任、イギリスのEU離脱、世界各地で起こるテロなどを背景に、2017年は世界の”内向き化”が大きく進行した年だったように思う。このような状況のなか、2018年は多文化共生の街ベルリンの「今後の生き抜き方」が強く問われているのではないだろうか。新しい挑戦があふれるベルリンは、多くの人が移住すると同時に多くの人が去っていく街でもある。今後は地価の上昇やライフスタイルの変化によって、これまで”貧乏でセクシー”とされていた魅力が損なわれるかもしれない。2018年のベルリン像は、世界情勢におけるベルリンの立ち位置やベルリナーたちの人生設計など様々な要素を含んだ絶妙なバランスのなかで抽出されていくのではないだろうか。

     

  • 駅名からたどるベルリンの歴史の足跡

    駅名からたどるベルリンの歴史の足跡

    1. ベルリンの交通はBVG (Berliner Verkehrsbetriebe: ベルリン交通局)とDeutsche Bahn(ドイツ鉄道)による電車・バス・トラム・船で支えられている。中でも電車はSバーン(ドイツ鉄道による運営)とUバーン(ベルリン交通局による運営)がベルリン中を隅々まで網羅しており、住民や観光客の重要な移動手段となっている。ベルリンを訪れたことのある人はこの路線図を一度は見たことがあるだろう。今回はベルリンの駅名からの都市の成り立ちや拡大などといった「歴史の足跡」を探ってみたいと思う。

    まずは基本事項から

    駅名を読んでいくうえで、まずは地名や駅名を構成するドイツ語の基本単語をおさえておきたい。

    ベルリンでの駅名のつけ方はバラエティに富んでいるが、このような単語を基本とした一定のルールを理解すればベルリンの街の成り立ちや大まかなイメージをつかむことができる。「門 (Tor) 」や「広場(Platz)」といったヨーロッパならではの都市の機能は頻繁に駅名に用いられるが、これはこのような都市機能が元来人の交流・交差の場であり、そこに駅が建設されるという流れがあるからであろう。

    ベルリンの「端」をなぞる

    ベルリンで「門 (Tor) 」のつく駅名をなぞってみると、昔のベルリンの端が見えてくる。

    観光地としても有名なブランデンブルク門(Brandenburger Tor)もそのひとつである。現在も名前の通り「門」が残っているのはここだけだが、ここはかつてブランデンブルク地方への出入り口であったために、このような名前が付けられた。同じようなプロセスで「広場 (platz)」も名前がつくケースが多い。ブランデンブルク門にほど近いPotsdamer Platz(ポツダム広場)も、隣の街であるポツダムへの出入り口であった。現在Torのつく駅はどこもベルリンのメインエリアに位置しており、ベルリンが徐々に拡大してきたことが分かる。


    大通りは旧東エリアが多い?

    大通り (Allee)と名がつく駅名をチェックしていくと、そのほとんどが東エリアにあることが分かった。これには旧東ベルリンの都市計画と何か関係があるのだろうか?

    ①Lindauer Allee (U8) ②Schönhauser Allee (Ring) ③Prenzlauer Allee (Ring) ④Mehrower Allee (S7) ⑤Landsberger Allee (Ring) ⑥Frankfurter Allee (U5, Ring) ⑦Sonnenallee (Ring) ⑧Grenzallee (U7) ⑨Blaschkoallee (U7) ⑩Parchimer Allee (U7) ⑪Lipschitzallee (U7) ⑫Wutzkyallee (U7) ⑬Podbielskiallee (U3)

     

    東ベルリンの都市復興計画では、当時ソ連で独裁を敷いていたスターリンによる社会主義リアリズムに端を欲したモニュメンタリンズムを基軸に、西側諸国に対する「勝利」を表現した壮大な建築物やその装飾デザインが提案された。復興計画の目玉として、東ドイツ政府はナチスによる一極集中型都市像を彷彿とさせるスターリン通り(Stalinalle)を建設した。この通り沿いは高層の住宅や商業施設・公共施設などが隙間なく建設され、ファサードは古典主義的デザインで飾られた。 スターリンの死後はスターリン批判の影響を鑑みて、東半分をフランクフルト通り(Frankfurter Allee)、西半分をカール・マルクス通り(Karl Marxalle)と改名された。このように、東ベルリンの歴史と”Allee”には何らかの関係があると考えられるが、すべてのAlleeがこれに準ずる訳でもない。


    ベルリンの多文化共生は駅名にも現れている?

    様々な国や地域から移民・移住者が殺到し、多様な文化が生み出されるベルリン、駅名も外国にルーツのあるものが存在する。

    ①Mexikoplatz (メキシコ広場駅: S1)②Französische Straße (フランス通り: U6) ③Schwartzkopfstraße (黒頭(黒髪)通り: U6)

    ②のFranzösische Straße は15世紀から16世紀にかけて行われたベルリンの市街地拡大に合わせ流入したフランスからの移民に起因する。1685年、フランスのルイ14世がカルヴァン派の新教徒の保護を約束していたナント勅令を廃止し、多くの新教徒たちが路頭に迷っていたところに、城塞の建設を決定した大選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルムが同年にポツダム勅令を発令し、新教徒たちの受け入れを始めた。フランスから逃れてきた彼らはユグノーと呼ばれ、約2万人がブランデンブルク地方へ、そのうち約6千人がベルリンへ落ち着いた。当時のベルリンの人口が約1万6千人であったので、移民流入後は人口の約4分の1がユグノーとなり、この変化は都市拡大計画や生え抜きのベルリン市民らに多大な影響を与えたのである。このような時代背景が現在も駅名に残されている。

    度重なる破壊と更新を繰り返してきたベルリン、その歴史は味わい深い都市の深みとなり街のあちこちに現れている。駅名もそのひとつとして注意深く見てみると、まだ知らないベルリンの姿が見えるかもしれない。

    <次回セミナー情報>
    ベルリン・その街の魅力
    ~人気ブロガーwasabiさんをお迎えしてのセミナー~
    ・2018年1月10日(水)19:00~